Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
執筆情報 [詳細ページ]
ふれあい毎日(毎日新聞)

ガン告知−元気なときに
2005年07月03日

 余命6ヶ月以内の「終末期」の患者さんに対し、病院側が病名を告知するケースは、全国の一般病院で平均約46%であるのに対し、患者の家族に対する病名告知は、95.8%であると報道されました(読売新聞6月22日付)。
 この報道に対し、ある著名なコメンテーターが、「告知されていない患者が50%である事は、医師の患者人権無視であり、患者に本当の病名を告知せずに、真の治療が出来るはずがない。医師の態度を改める必要がある」と、その責任は医師にあるようにコメントしておられた。
 これは告知したくても出来ない現場の状況がほとんど分かっていないコメントで、非常に落胆させられました。「うちのお父さんは肝っ玉が小さいので、絶対に父に本当のことを告げないで下さい」「分かりました。本当の病気を告げてほしいと決断された時に申し出て下さい。その上で、患者さんに病名を告げましょう」「よろしくお願いいたします」通常、このような会話が病棟で交わされています。そのうち、家族会議を開かれて、その結果を申し込まれる場合もあり、そのままで、告げないまま帰らぬ人になられる場合もあります。
 今の医療では、患者さんに病名を告げることなく、治療する事は不可能です。
 特に抗ガン剤の投与では髪が抜ける。吐き気がする、体がだるいなどいろいろな副作用がでます。これらの症状を説明するとき、「嘘」で固める事は出来ません。
 私が若い頃、末期直腸ガンの患者さんに病名を告げずに治療しました。日に日に病状は悪化していきます。それに伴い、患者さんの私への不満は益々つのるばかりで、「担当医がぐずだから、私の病気はひどくなるばかりです。変られるものなら、担当医をかわりたい」と、面会に来られる人に話しておられるのを耳にしました。この時ほど、患者さんに本当の病名を告げたいという衝動に駆られたことはありませんでした。
 昭和40年代は、患者さんに本当の病名を告げることはありませんでしたので、「ガン」と言っただけで、先輩から医者のあるまじき行動と非難されたものです。
 患者さんの人権を守り、適切な治療をし、患者さんと医師との信頼関係を保つには事実をありのままに告げる事が最も大切です。すべての医師はこのことを理解しています。
 しかし、先述のように、家族と患者さんとの思いに温度差がある場合には、患者さんの気持ちを優先すべきであることは分かっていても、家族が「絶対に告げてほしくない」と強く申し出られると、医師として、どちらの気持ちを大切にすべきか悩みます。
 コメントにあるように、医師が意識的に病名を告げないという病院はありません。そのことは95%の病院が家族に告げていることよりお分かりと思います。告知していないと応えた理由は、家族の意思に基ずくものであると考えます。
 ガン告知を希望するかどうかは、元気であるときに、家族同士でたえず話し合いをしておくことです。
 「いのち」は保障されたものではありません。今、元気であるから、明日、あさってが元気である確証はありません。作家の曾野綾子氏は「限りある命」を考えない日はないと申されています。
 元気な人がたまたまレントゲン検査を受け、末期ガンと診断された方は沢山おられます。元気なときこそ「死」の心準備をしておくことが必要です。
 「災害は思わぬ時にやって来る」という言葉は納得でき、心の準備がされていても、自分の「命」は永久であるという錯覚で、無防備な人が多いのではないでしょうか?
 今日の命は明日を保障するものではありません。



[ もどる ] [ HOME ]