Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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風のとき(宇部日報)

選択したら責任を持って NEW
2005年09月12日

 暗い、辛い話です。
 患者さんは五十歳の男性です。五年前に前立腺ガンと診断され、手術を受けるか、ホルモン療法を受けるか決めてほしいといわれ、相談を受けました。
 患者さんはまだ四十五歳(診断された時)でした。手術を受ければ男性機能がなくなるので、手術はイヤだ、ホルモン療法を強く希望されました。その際、くれぐれも、「あとあと、手術すればよかったと悔いが残らないように」と確認したものです。「大丈夫、私が自ずから選んだ治療法だから絶対、悔いません」と明言したのです。
 それ以来、この患者さんは医師の指示通り、治療、検査を受けて大過なく今日まできました。
 突然、電話があり、早急に話を聞いてほしいということでした。それによると、「昨日、ガンが骨に転移している。いまの治療は効果がないので、男性ホルモンを抑えるために、睾丸(こうがん)を摘出しましょう。それしか治療法はありませんね」と診断かされ、患者さんの頭は真っ白、無感覚となり、昨晩は悔しくて眠れず、私に連絡したということです。「私はお医者さんのいわれるままにちゃんと治療を受け、検査も一回も抜かさず几帳面(きちょうめん)に受けてきた。一か月前の検査ではまったく異常はない。心配しなくてもいいですよといわれていたのに、急に骨に転移がある、睾丸を取れといわれても納得できん。どうして、もっと早く教えてくれなかったのか?」
 と涙ながらの訴えです。最後には、「あの医師は借用できん。最初に手術せよと強くいってくれれば手術を受けたのに。患者のことを本気に考えてくれているんじゃろうか?」ということでした。
 患者さんの話を聞くうちに、手術を受けないと決めた時から今日のような状態は予想されたことですが、現実となると、認めたくない、拒絶したい気持ちが先行し、やり場のない気持ちが医師への反感として表れているのが事に取るようにわかります。しかし、どうしてあげることもできず、患者さんのいい分は当然であることを認めてあげて、気持ちが休まるのを待つだけでした。
 現在は、受ける治療は、患者さん自身が選択する時代です。この場合、医師が治療効果を詳細に懇切丁寧に説明しますが、患者さんのなかには医師からみれば納得できない治療法を選択される時があります。
とくに、日常生活に支障を来すような手術の場合、それをすんなり受け入れる患者さんは少ないようです。
 医師はたえず、命を永らえる治療を考え、それを勧めます。今回の患者さんのように手術で男性機能がなくなるということになれば、それを受け入れることは大変辛く、悲しいことです。勇気が必要です。
 日常生活を犠牲にしてまで、生きていてもしようがないという考えもありますが、どんな人でも命に限界があることが示された時、日常生活の質よりも永らえる命が優先されます。受けた治療については自己責任が伴うのは当然です。それだけに、患者さんも病気についてしっかり理解しなければならないのです。
 この患者さんの場合には、辛いことですが、自分で選択されたことに責任を持ってほしいのです。



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