Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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風のとき(宇部日報)

失われた「命」の尊さ NEW
2006年01月01日

           
           失われた『命』の尊さ
                   山口県立総合医療センター
                      院長 江 里 健 輔
平成17年度は『命』の尊さが失われつつ、いや、失われた年と申しても過言でないだろう。

はき違えた「平等」が蔓延しすぎているからである。人は生まれながらにして人間の基本的権利がまったく平等であることは当然であるが、これが過剰となると、世の中が混乱し、秩序が乱れるのは歴史を見れば明らかである。人には貧富・強弱・賢愚といった違いがあり、一生を楽しく過ごすことが出来る人もあれば、苦労し続ける人もおり、人さまざまである。しかし、「平等」の立場からすれば、矛盾し、人間の基本的権利に反すると主張し、義務教育の中で競争をなくしてしまった。しかし、学業成績が優れていることが人間として優れているわけでもないし、劣っているわけでもない。生きる手だてとして、いじめにあった、冷たくあしらわれた、馬鹿にされたなどなど沢山の中傷があり、ストレスが多いのが現世である。多くの人はそれに堪えて、生きているのであるが、そのようなことをした人をこの世に生かしてはおけない、殺すべきである、という軽薄な、短絡思考でいとも簡単に人の命を奪ってしまう風潮が蔓延しているような気がしてならない。「侍」という映画が爆発的な人気を呼んだが、これはこんにち今日日本が失った古き、良き「人間愛」への郷愁である。サムライの行動基準は五常の徳、すなわち、「仁義」「節義」「忠義」「信義」「礼節」を重んずることにある。これらをすべて肯定するつもりはないが、社会の秩序を保つためにはある程度は必要な条件である。
生まれながらの違いを容認し、真の平等を授けない限り、『命』の尊さは年々薄れ、殺伐たる日本の社会になりかねない。
本年こそは、純粋で清らかに相手を心から受け入れることの出来る「平等」が欲しいものである。



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