Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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ふれあい毎日(毎日新聞)

自己責任で治そう
2006年01月12日

             自己責任で治そう
                 山口県立総合医療センター
                    院長 江 里 健 輔


75才で、筋骨隆々の男性が外来受付で院長に会わせろと叫いておられます、事務官がなだめても院長に会わない限り納得されそうもありません、と連絡がありました。
その男性が言われるには
「俺は若いころ競輪選手であったので、収入も多く、体も丈夫であったので、好きなことは何でも出来た。しかし、この数年、朝起きると全身の筋肉がこわばり、腰が痛い、頭が痛いなどの症状で、我慢出来ず、救急車で何度も病院にきた。その度に医者はいろいろ検査してくれるが、『どうもない、異常ない、心配せんでもよい』と言うばかりで本気で取り上げてくれん。でも、我慢出来そうな痛みじゃないんだ。何度も救急車に乗ってくるもんじゃから、最後は『気のせいですよ。気持ちからきている症状ですから、精神科を紹介しましょう』と精神科を紹介してくれた。一体、医者は何を考えているんじゃろうか」
でした。
このように検査では異常はありませんが、いろいろな症状を訴える患者さんの対応に医師が困る場合がしばしばあります。

身体の障害には機能障害と器質障害があります。前者は障害が形に現れず、後者はガンのように形に現れるものです。したがって、器質障害の場合にはいろいろな検査をすれば異常が発見されますが、機能障害では症状があってもまったく異常は発見されません。人は年々老化し、それらの症状のほとんどは機能障害に基づくものです。
老化には病的老化と生理的老化とがあります。病的老化はタバコを止めるとか、飲酒量を少なくするとか、適度の運動をするなど、いろいろな努力で少なくすることができます。しかし、生理的老化は全ての人が遭遇する避けることの出来ないものです。例えば、30才代を100%とするならば、70才になりますと心臓機能は70%,肺活量や腎機能は60%に低下します。従って、検査で異常が出なくても、全身にいろいろな症状が出てくるのは当然です。このような症状を“老年症候群”と呼んでいます。もの忘れ、視力低下、頭痛、めまい、息切れなど数え切れないほど沢山の症状があります。先述の患者さんの訴えはいずれもここで言う“老年症候群”です。いくら医者に診て貰っても症状を完全に取り除くことは不可能です。痛みが出れば痛み止めを飲んで、その場をしのぐしか方法はありません。そのことを患者さんは理解されていませんので、体の具合が悪かったら医者にかかれば何でも治して呉れる、治さないのは医師が悪いということになるのです。しかし、これらの症状は医師が完全に治すことは不可能です。
寿命を延長させる因子には運動、喫煙、食事などの生活習慣と人間関係や住宅など環境因子、遺伝子、受けた医療などがありますが、50%は生活習慣で、医療は10%に過ぎません。このことより、生活習慣を自分自身で厳しくすることで老年症候群を最小にすることが出来ます。
正岡子規は長年脊椎カリエスで病床に臥し、猛烈な痛みに対し、彼の著書「病沐六尺」の中で
「誰かこの苦を助けてくれるものはあるまいか、誰かこの苦を助けてくれるものはあるまいか」と絶叫しています。彼は不治の病に真正面から対峙し、完全に自己を確立しています。これに対し、きちんと自己管理し、生活様式を変えて、体に生じるいろいろな障害をすこしでも取り除こうと努力しない、自己確立喪失の人が多いように思います。
体の変調に気づいたら、信頼出来る医師に診てもらい、異常がない時には生理的老化に基づく、根本的に消すことの出来ない症状と納得し、自分の責任で乗り切る自己を確立しなければなりません。つまり“自己責任”を認識すべきです。



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