Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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ふれあい毎日(毎日新聞)

タバコが胎児の遺伝子に影響する
2006年01月12日

これは平成17年8月掲載文です。

           たばこが胎児の遺伝子に影響する
                 山口県立総合医療センター
                       院長 江里 健輔


たばこが生活習慣病を悪化させることは既に知られてきたことですが、最近の研究では胎児・新生児にも影響することが判ってきました。子孫へ影響するとなると、「禁煙しましょう」というかけ声だけでは済まされないほど重大性を帯びてまいります。
たばこを吸う人の割合が29.4%となり初めて30%を割り込んだことが日本たばこ産業(JT)「2004年度全国たばこ喫煙者率調査」で分かりました。喫煙者が年々減少することは喜ばしいことですが、問題は女性の喫煙率があまり低下しないことです。1966年18.0%であったのに対し、約40年後の2004年でも13.2%と横ばい状態であることです。
私は毎日往復1時間余り、自家用車で通勤していますが、運転をしながら、たばこを吸っている若い女性にしばしば出会います。自家用車の中では誰にも迷惑をかけず、誰にも見られない個室と同様な場所ですので、気持ちがリラックスし、喫煙するには一番よい場所かもしれません。しかし、女性の場合、妊娠・出産などがありますので、その影響は非常に大きいと言えます。
ウエスタンオーストラリア大学ポール・ナオキーらは女性を喫煙者と非喫煙者に分け、喫煙が胎児に及ぼす影響を調査しています。それによりますと、喫煙女性から生まれた新生児の免疫機能は非喫煙者に比べて著明に低下していると報告しています(メデイカルトリビューン、8月11号)。また、別の研究では喫煙女性(1日10本以上を10年以上続けて吸っている)と非喫煙女性を対象に出産前に羊水を穿刺し、その中に含まれる羊膜細胞を調べたところ、染色体構造異常が非喫煙者に比較し、喫煙者に著しく多いことが判明したそうです( MMJ,June2005,p226)。しかも、もっとも影響を受ける染色体は白血病発症への関与が知られている11q23ということです。さらに、喫煙で妊娠率が半減するという報告もあります(山口新聞、17年5月29日号)。この研究では不妊治療で体外受精を受けた女性250人を、3つのグループに分けて妊娠率を調査しています。その結果、受精率には違いがないのに、夫婦ともたばこを吸わないグループの妊娠率は25%であったのに対し、本人か夫のどちらかが喫煙者の場合の妊娠率はいずれも12%台と半減しています。これらは喫煙が妊娠率、胎児遺伝子に影響するというショッキングな報告です。喫煙者だけの体に影響するものであれば自己責任で済まされますが、子孫へ影響するとなるとこのまま放置するわけにはまいりません。このように喫煙の危険性が次々と判明するにつれて喫煙者への風当たりが強まってくるのは当然のことです。
製薬会社ファイザーの調査によれば、喫煙している20代から40代女性の約8割が「たばこをやめたい」と思い、7割が禁煙に挑戦したことがあったそうです。禁煙出来ない、あるいはしない理由は「ストレス・イライラ解消」が35%と最も多く、次いで、「やめると太ると思っている」3.7% ,「食事を多く取らなくても済む」1.0%,「格好いいと感じた」0.8%、その他12.8%であったそうです。「ストレス・イライラ解消」が禁煙出来ない大きな理由になっていますが、絶対禁煙しないと豪語していた人がガンを宣告されると、たちまち禁煙される人に接するたびに、喫煙する本人自身に禁煙する意思はまったくないので、単に喫煙を正当化しようとしているに過ぎないように思われてたまりません。「ストレス・イライラ解消」が禁煙出来ない理由であれば、病気になった時こそ、ストレスが溜まり禁煙出来ない筈なのですが・・・。
私ごとですが、25年間喫煙していました。毎日が禁煙との戦いでした。禁煙できるかどうかは数秒間我慢できるかどうかです。吸いたいと思うのはほんの数秒間の刹那的なもので、これを我慢すれば吸いたい気持ちが薄れて来ます。しかし、数時間後にはまた吸いたくなります。また、数秒間の我慢です。この繰り返しで禁煙出来ました。このように禁煙には本人の「止めよう」とする気力も大切ですが、周囲の協力も必要です。これには政府の積極的な禁煙推進活動が必要であります。21年前に「たばこ事業法」が公布され、たばこ産業が「健全に発展」するような施策が次から次へと実施されました。しかし、喫煙が胎児、新生児にまで悪影響することが判明したのですから、たばこ産業を発展させるのではなく、抑制する方向に向かわせるべきでしょう。これには、たばこの価格をイギリス並みに3〜4倍に引き上げることも一つの良案だと思います。1箱1000円ぐらいになると、ほとんどの人が禁煙するでしょう。値上げでたばこ消費の減退による税収の減少を憂慮する人がおられるかもしれませんが、喫煙が原因で毎年10万人が死亡し、その関連の医療費が1兆3千億円に上るという厚生労働省の推計からみれば、値上げの消費減退は大きな問題ではなくなるでしょう。
我々の子孫への影響が強いことが明確になった現在では世界保健機関(WHO)がたばこ規制枠組み条約のような過酷な禁煙規則を実施しないかぎり、喫煙者数の減少は夢のまた夢でしょう。そのおつりを受け取るのは我々ではなく、次の世代です。




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