Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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ふれあい毎日(毎日新聞)

知ることが幸せか
2006年01月12日

これは平成17年7月掲載文です。


            知ることが幸せか?
                 山口県立総合医療センター
                       院長 江 里 健 輔



医学・医療が進歩しても、まだまだ将来に見通しがない、光が見えない疾患もあります。その代表的な疾患が「膵ガン」です。2000年度厚生省ガン研究助成金「がんの生存者の社会適応に関する研究」報告によれば、がんの種類別に見た長期生存者数は別表の通りです。これはガンと診断され、治療を受け、その後、5年以上生存している長期生存者数推計値です。お判りのように胃ガン、乳ガン、結腸ガン、子宮ガンには長期生存者が多くおられますが、膵ガンはわずか3000人に過ぎません。この数の中には最適な時期に、最適な治療をした患者さんも含まれますが、医学的には説明出来ない、奇跡的生存という患者さんもふくまれます。これはもともと人間の持っている自然治癒力によるものと理解されています。
膵ガンは初期には自覚症状がありませんので早期発見が難しく、発見された時にはほとんど肝臓や十二指腸、胆管などの隣接する臓器に転移しています。従って、根治手術(体の中から目で見えるガン病巣を手術で完全になくすこと)出来るのはほんのわずかで30%程度です。また、手術出来ても5年生存出来る割合は10%程度です。このような現状を知ると、検診を受けて膵ガンと診断されることが幸福か、不幸かどうか判りません。最後まで知らないで、膵ガンと知った時、残された期間が少ないのが幸せかも知れません。学会などでは膵ガンに対する手術が治療法として意義あるのかどうかが議論されています。手術成績と手術しないで抗ガン剤や免疫療法を行った成績を比較した場合、両者の成績にあまり差がないからです。
しかし、一方では早期(ステージ氈F腫瘍の大きさが2cm以下で、リンパ節に転移がないもの)では5年生存率は37%(外科学、1997年)という報告もあります。早期に手術すれば成績が良いようの思えますが、問題は5年生存された患者さんの日常生活がどのようであったかであります。最後まで活力ある、生気に溢れた生活をエンジョイされたのであれば、この5年間は患者さんにとっても、家族にとっても極めて大切と思われます。しかし、毎日、手術合併症(膵ガンの手術はお腹の中でも最も大きい手術ですから、多くの合併症があります)で悩まされていたとすれば、あまり好まれた時間ではないと思われます。逆に膵ガンと知らなくて、手術を受けていなければ、間違いなく最後まで元気で生活を楽しまれたでしょう。
治療成績が報道される時、生存という事実のみが強調され、患者さんの生活内容に踏み込んだ報道がありませんので、患者さんに混乱を生じている場合が多々あります。幾ら生存率が高くても、毎日が苦痛の連日であれば、「生」の意味は薄れます。積極的な治療を受けるか、苦痛のみを取り除く治療を選ぶかはそれぞれの患者さんの人生感、生活感に委ねられますので、健康な時に心の準備をしておくことが大切です。




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