Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
執筆情報 [詳細ページ]
癒やしのそよ風(ほうふ日報)

辛い話しです
2006年01月14日

              辛い話です
                山口県立総合医療センター
                         院長 江里 健輔


セカンド・オピニオン外来を受診された61才の患者さんの話です。患者さんは従業員6人を抱えた小さな電気工事会社の経営者です。経営も順調で、家族も96才の父親と妻の三人暮らしで、一見、幸せそうでした。
喉に違和感があったので、医師にかかり、相当進行した食道ガンと診断され、予後(将来生きる可能性)は非常に悪く、1年の命であろうと宣告されたとのことです。彼は自分の会社を直ちに閉鎖し、従業員への退職金、これまでの借金をすべて清算し、残された人生を年金生活で暮らそうと決心したそうです。彼の計画で予想外のことは食道ガンの治療に相当な医療費がかさむことでした。入院費用は高額医療負担で7万円ばかりを一度支払えば残りは健康保険で済むのですが、退院後に受ける外来治療費(抗ガン剤、定期的な血液検査、レントゲン検査などの検査料を含めて毎月数万円)は自分で支払わねばなりません。たいした貯蓄があるわけではなく、年金は三人がせいぜい生活するだけの金額です。これからどうして生活するか途方にくれるばかりでした。幸か不幸か入院中に受けた抗ガン剤と放射線治療が良く効いて、血色もよく、数年は持ちそうでした。しかし、彼は自分が生きている限り、治療費は益々増えるばかりであることが判り、今後の治療をいっさい受けまいと決心したのです。
セカンド・オピニオン外来で、奥さんが
「退院後、主人が全く医者にかからず、いくら私が病院に行こうときつく頼んでも、“末期だから、治療してもしょうがない”と言うばかりです。
先生、本当に主人のガンは治療してもしなくても結果は同じなんでしょうか」
主人は
「金の無駄だ。そんな金があるんなら、もっと楽しみに使った方がはるかにましだ、なんでそんなことがわからないんだ。残り少ない命ならば、病院なんかで過ごすより、ゆっくり自分の時間を持ちたいよ」
と青筋を立てて、すごい剣幕です。
じっとご夫婦の話を聞いていましたが、ご主人の話に何か諦めた投げやりの雰囲気を感じましたので、
「奥さん、ご主人と二人で話しをさせてくれませんか」
とお願いし、ご主人と話すことにしました。
ご主人はなかなか本音を話されませんでしたが、最後に
「年金生活で、毎月4〜5万円の支払いは大変です。この生活が2〜3年というのであれば、我慢すれば良いのですが、これからどのくらいかかるか判りません。だんだん、病気はひどくなるでしょう。そうなのなら、もう、治療を受けないで、自然にまかせて、寿命がなくなれば、それで良いんです。私が死ねば、それなりの生命保険が入りますので、家内もお金のことを考えずに、楽に暮らせるでしょう。
そう、思ったんです。だから、治療を受けまいと決めたんです。悪いことでしょうか?」
と、淡々と他人事のように話されました。
『予定自殺』と云えるような話ですが、ご主人に説教的に前向きになるようなアドバイスをしてあげることは出来ませんでした。
「命は与えられるものですから、大切になさって下さい」
と言うのが精一杯でした。



[ もどる ] [ HOME ]