Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
執筆情報 [詳細ページ]
赤ページ

どうしてそんな言葉をなげるの?(臨床と研究 83巻、1号) NEW
2006年01月24日

          どうしてそんな言葉をなげるのか?
                山口県立総合医療センター
                      院長 江 里 健 輔



西日本で最初にセカンド・オピニオン外来を開設(平成15年9月)して、医学部付属病院では経験しなかった問題に遭遇するようになった。セカンド・オピニオン外来は患者誘導が目的ではなく、適切な治療法あるいは治療場所をアドバイスあるいは紹介することが目的であるために、セカンド・オピニオン外来に受診された患者さんは原則として当センターで治療しないように心がけている。しかし、他病院で放り投げられた患者さんの中には経験を積んだ私自身が診察を引き受けたのが良いと思うような事例もある。その殆んどが医師の言葉不足や、又は一方的な言葉で途方にくれた患者さんの場合が多い。
担当医が末期胃ガンの父の病状について説明するため、家族も連れ添って欲しいということで、妻と長女をつれて訪れました。
担当医が
「お父さんの胃ガンは進行ガンで、肝臓に多発転移していますので、手の施しようがありません。手術の適応もなく、抗ガン剤を投与しても全身状態を悪化させるばかりで、このままそっとしてあげるのが最良の治療と思います」
長女は予期しない突然の説明で、医師に訊ねる言葉が見つからず、やっとのことで
「そう言われても、私どもはずぶの素人で、医学の知識もありませんので、どうして良いか判りません。手の施しようがないと云われても、何か残された手だてはあるでしょう。教えて下さい」
とそれは大海で一本の浮き棒を探すような面もちです。
担当医はここぞとばかり
「私の知人が緩和医療を専門にしていますので、よければ紹介しましょうか?」
「緩和医療専門医?それは治療するところですか?」
「いいえ、末期ガンで治療法のない患者さんに心と体のケアをする病院です。そうですねー、死をしずかに迎えるように配慮する病院と申しても良いでしょう」
「お父さんにはまだ早すぎます」
抑え切れない、憤りをなんとか我慢し、翌日、セカンド・オピニオン外来に
「なんとかなりませんか?このままでは父が可哀想です。良い手だてを教えて下さい」
との懇願です。
持参されたデータを見ますと、医学的にはどうしようもありません。
「確かにお父さんの病状は大変な状況ですね。しかし、人の命は医師であれ、家族であれ、誰も決めることは出来ません。もしかしたら数年生きられる可能性が数%あるかもしれません。ガンをお父さんの体から消滅させることは、まず、無理でしょうが、ガンを持ったまま、ガンを大きくさせない治療法があるかもしれません」
この話しをすると、
「そうでしょう。数%の可能性はありますよね!」
とこれまで曇り顔に笑みがみえはじめました。

有名新聞に「次世代アガリスク、ガン、治癒への選択」と題する宣伝記事が毎日のように掲載され、アガリスクを服用すると、匙をなげた患者さんが「死から生還」したような錯覚をおこすような見事な広告記事です。過日、アガリスク販売会社の社長が過剰広告による効果のない健康食品販売の罪で逮捕されました。末期胃ガンと診断され、このアガリスクを長期間飲んで、最終的にはガン性腹膜炎で残念ながら死亡された私の友人の奥様に慰めてあげようと電話しました。
「アガリスク販売会社長が逮捕され、溜飲したでしょう」
その奥さんが云われるには
「これからは主人のように効きもしない、高価な健康食(?)を飲む人が少なくなるので、ほっとしています。しかし、この健康食で随分助けられました。販売会社長が捕まったからといって、手放しでは喜べません。そうでしょう、主人は医者に見放されたのですよ。医者が『何も手だてがありませんよ』と全く人ごとのように主人の命を宣告された時、魂のこわばった、干からびた状態を癒してくれたのがアガリスクでした。感謝してもしきれません」
でした。
医学的には全く意味のない、単なるメリケン粉のようなものが、信じることで「干天の慈雨」になることがあるのです。私達は医学部に入学し、医学を学び、病気の原因をはじめ、もろもろの現象を教え、教えられてきましたが、肝心の病気の「気」についての教育を受けた経験がありません。現在の医学部教授選考では医学的業績(これは大切なことですが)中心で行われますので、彼らに「気」の教育を学生に授けることは無理難題であり、酷な注文です。私達は医師は患者さんの生命を1秒でも、1分でも長らへさせるのが最大のミッションであるように教えられてきました。従って、命を長らへさせる手だてがある間は患者さんに全エネルギーを費やし、そこに医師としても使命感と仕事の楽しさ、嬉しさを覚えたものです。しかし、この使命が成就できないと判断した時には、いとも簡単に放り出してはいないでしょうか?先述のセカンド・オピニオン外来の患者さんがその犠牲者であります。医師の仕事は患者さんの生命を守ることです。これには患者さんの生命を長らえさせると共に、患者さんの生活の質を向上するようにサポートすることもふくまれます。検査し、手術し、与薬することだけが医師の仕事ではなく、病気の「気」で悩んでいる患者さんに何らかの手だてをして上げるのも、とても大切で、患者さんが最も欲しがっている仕事なのです。
少子高齢化になり、これまでにように全ての患者さんに過大な侵襲を課してまで検査・治療する時代ではないです。一人一人に合ったオーダーメイドの治療をする時代です。医師に積極的に疑問を投げかる余力のある患者さんはまだまだ少ないです(過剰と思われる患者さんも時にはおられますがーーー)。じっくり耳を傾けて、患者さんのニーズを掘り起こすことが大切です。
作家の五木寛之氏は
「我々は自分の健康を病院とか医師にゆだねて、おまかせではやっていけない時代に入ってきている」、とか「現在の科学にまったく身をゆだねるには危険」(「夜明けを待ちながら」より)と述べています。これは自分の体は自分で守れという意味の他に、現在医療への痛烈な風刺であると思います。




[ もどる ] [ HOME ]