Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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風のとき(宇部日報)

医療の「丸投げ」(2006,2,22) NEW
2006年02月23日

             医療の「丸投げ」
                  山口県立総合医療センター
                       院長 江里 健輔


「丸投げ」という言葉は内容を変えずに相手がたに渡すので、無責任の代名詞のように使われ、とかく難しい問題となると、組織の責任者は先送りしたり、丸投げしたりして、その場を切り抜けようとすることが多いように思えます。
最近話題となっている米軍基地再編成問題で、市長さんが再編の可否を市民に聞いてみたいということで、住民投票を行うことになりました。このことが良いことか悪いことかは専門家でありませんのでよくわかりませんが、市長さんとしては市民の意思を聞いて、それを参考に可否を決定したい意向のようですが、市民が果たして日本の将来を見据えた結果を下せるのかどうか疑問です。何故ならば、市民が何故このような時期に米軍が再編され、かつ、再編案が適切なものであるかどうかを判断するにはあまりにも情報が少なく、その上、理解する期間も短く、投票が感情的に行われてしまう危惧を感じます。市民の意向投票の結果には大きな重みがあり、市長さんには大きな重圧になり、これを覆すことは不可能と思われます。そう考えると、これは民主的な方法と見られる意向投票には危険を伴う大きなかけとなりましょう。
このような事は医療でも云えることです。医学・医療が進歩し、複雑化してくるにつれて、一つの疾患に対する治療法も薬物療法、放射線療法、手術療法、さらには免疫療法などいろいろあり、どの治療を受けるかは患者さんの希望です。これまでは担当医が最良と思われる治療を説明し、了解が得られればその治療をしてあげるという医師主導型で進められていましたが、これでは医師の独善・偏見が患者さんの意思とは全く異なったものになるということで、最近はどのような治療を何時、どこで受けるかは患者さんが決められるようになりました。患者さんの自己責任で決定されるので、結果が想定外であっても医師には勧めたわけではありませんので、責任がなく、その意味で医師の「丸投げ」みたいなもの、気分的に楽といえば楽です。しかし、患者さんは治療の結果が悪ければ、そのような話しは治療開始前に聞いていなかったと、詰問され、時には訴訟に発展することもありますので、あらゆる可能性を話しておかねばなりません。患者さんも適切な治療を受けるために担当医は勿論、インターネット、医療相談室、セカンド・オピニオンなどから情報を得ようと努力されています。このように意向を尋ねる場合、意向を聞く人、聞かれる人の情報量は同じレベルでなければ成立しません。現実には患者さんの情報量が医師以上になることはほとんどありませんので、最後は「先生、どれが一番、良いと思われますか」という質問が返ってきますので、現実では以前とあまり変わっていません。患者さんが治療を選択される場合、完全な「丸投げ」が成り立つような医療レベルにする必要がありますが、まだまだ先の話しです。
「苦渋の選択」とは組織の長から発せられる言葉で、この選択から逃れようとした時、長の立場を喪失していることになります。医師がそれぞれの疾患に対する治療効果を把握していない状態で、治療選択を医療知識の乏しい患者さんに「丸投げ」した時、医師としての資質を失い、患者さんに悲劇を提供するだけとなります。
「丸投げ」はしっかりとした信念を持つ人の間でのみ成立すると考えますが如何でしょうか?



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