Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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医療は何処へ行く
2006年05月22日


            医療は何処へ行く
                     山口県立大学
                       学長 江里 健輔


執刀医が逮捕されるという驚くべき事件が我々、医療人を困惑に陥らせています。事件(このような言葉はふさわしくありませんが)は福島県の某県立病院で行われた出産手術で、癒着した胎盤を剥離する操作が稚拙なため、大量出血を招き、患者さんを死に至らしめたという内容です。この病院の常勤産婦人科医は一人で、全ての産婦人科医療を一手に担っていたようです。この事件を正当化するつもりは全くありませんが、このような不幸な事件を起こさない為には現在の医療環境を是正することが急務です。
このような事件が報道されながら、一方では医師不足が社会問題になっています。政府はようやくこの問題が国民に大きく影響することを認識して、本年4月の診療報酬改定に小児医療、産婦人科医療を取り上げましたが、姑息的手法で状態が改善するとはとても思われません。
文化勲章受章者で医療・教育を社会的共通資本ととらえ、長い間研究活動をされた宇沢弘文博士が医療界の将来に苦言を呈しておられます。博士の言葉に耳を傾けて、一緒に考えたいものです。
それによりますと、日本の勤務医(開業医ではない)の給与があまりに低すぎる。博士が留学していたシカゴ大学医学部教授の平均給与は経済学部教授の3倍であった。その理由は医師になるために要する時間が長く、費用が高い、更に、医師になった後も激務で、寿命が短い、国際的共通基盤の上で評価されるので大変な重荷であることなどをあげています。今、日本では医療界に営利を追求する民間資本の導入が考慮されています。人の苦しみをお金で解消しようとする手法はとても受け入れられるべきではありません。国民一人一人がそれ相当な医療費を負担すべきでしょうが、基本的医療費は政府が負担すべきでしょう。さもないと、外科手術で質の良い縫合糸は値段が高いために、値段の安い品質の悪い縫合糸を使うようになるのは必定です。品質の良い縫合糸を使うと傷も綺麗に治りますが、悪い縫合糸では傷の治りも良くありません。「医療保険では使えない良質な縫合糸を使いますか?それとも、医療保険で使えますがあまり良質でない縫合糸を使いますか」という会話が外来で、病棟で行われるようになるでしょう。最近のように手術成績が良くなった一因は外科医の技術の向上もさることながら、医療材料の画期的な進歩に負うところが大きいのです。イギリスの医療は60年代前半までは素晴らしい社会保障の仕組みの中で機能し、国民も満足出来る医療を享受していました。しかし、政府は小さい政府をめざし、国が医師給与を抑制し、加えて財政的な理由で医療施設の新設、器機購入をしなくなりました。その結果、優秀な医師がどんどん海外に逃げ、医師不足が深刻になりました。一方、新しい医学・医療を導入しようにも経済的に抑制されているものですから、60年代の医療技術から脱却できす、80年代になってもそのままに据え置かれました。国民は粗悪な医療を受けざるをえなくなり、ガン患者の手術待ちが数ヶ月になるのも珍しくないとのことです。
丁度、今本邦で行われようとしている医療行政と良く似ていると思えて仕方ありません。
本邦の医療費の60%は病院で費やされています。このことは重病患者の医療は病院でなされていることを意味します。それだけに勤務医は過重労働を強いられています。時間外勤務が毎月150時間以上であるのはあたりまえです。これを要求すると過剰労働を強いていると当局から指導されますが、沢山の患者さんがおられ、沢山の手術があり、重症な患者さんを前にして、「過剰労働ですから、対応できません」とはとても云えません。全てがボランテイアなのです。多くの勤務医は医師として満足できる仕事がしたい、患者さんのためになる医師になりたいという思いが勤務医を続けさせているのです。この思いが断ち切れたとき、多くの勤務医は病院を辞し、もっと楽な職場を選択するようになります。現在の医療界はその分岐点にさしかかっているといえます。ちなみに、イギリスでは2004年から医療費を5年間で2倍にする画期的な政策を打ち出し、医療制度の再生に乗り出しました。
日本の医療費は31兆円でこのまま放置すると20年後には50兆円になると政府は国民に危機感をあおっています。しかし、パチンコ産業に30兆円、葬式産業に15兆円を費やしています。医療費31兆円は必ずしも高い金額とは云えません。
医療と教育は社会の共通資本です。この分野では格差があることは許されません。入院中に特別室を利用しようが、個室を利用しようが、そのことは治療には関係なく、生命に影響致しません。このような格差はあってしかるべきですが、生命に影響する領域が貧富の差で取り扱われては国民が納得するはずがありません。
医療・教育の施策は数十年後でないとその結果は見えて来ません、それだけにしっかりと両目を大きくあけて監視しなければなりません。



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