Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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大学病院は本来の姿に戻れ
2006年06月20日

           大学病院は本来の姿に戻れ
                    山口県立大学長
                       江 里 健 輔


大学医学部付属病院長を4年、県立総合病院長を5年経験し、この4月より医療職を離れることになった。両機関はいずれも公的病院であるのも拘わらず、その運営は全く異なっていた。
ご承知のように医学部は教育・研究・診療を三本柱とし、これらのバランスを保ちながら運営することが求められているのに反し、一般病院では診療のみで教育は勿論、研究は特別な場合を除いてほとんどない。この目的の違いが「医療」という同一のキーワードを持つ職場でありながら大きく異なる所以である。医学部は医師や医学研究者を育てるところで、従って、医学部付属病院での診療は臨床医養成の手段であるから、本質的に診療が付属病院の第一目標にはなりえないのだが、実際には臨床教育が形骸化し、研究が主体で、診療は医師という人材育成ではなく、研究のための手段となっていた。しかし、2年前より国立大学が独立行政法人化されるに伴い、教育・研究が蚊帳の外におかれ、診療が金稼ぎとなり、学生教育のためではなくなってきた。この傾向はますます増長され、本来あるべき大学の本質がうすれつつある。これまでは教授は教育・研究業績を重要視し(これが極端すぎた傾向はあるが)選考されていたが、この最近では教育・研究業績は少なくても、手術経験が豊富であれば教授に選ばれるようになっている。これが病院経営に主眼がおかれているならば嘆かわしいことである。
医師派遣の権力を持っている大学が診療増収を図るのはそんなに難しいことではない。例えば、同一医療圏の関連施設に手術出来ない外科医を派遣、あるいは派遣を止め、どんどん大学病院へ患者さんを紹介させるようにすれば、患者数あるいは手術数は増え、稼働率も上がってくる。しかし、これは大学病院の本来の姿ではない。大学病院は周辺関連病院の質を向上させ、さらに、医療環境を改善させながら、一方では大学病院の収入増を図ることも任務の一つである。そこに病院長の経営手腕が問われることになる。

私は病院診療部を@運営方法にかかわらず高収益となる部門、A運営方法により収益が見込める部門、B売り上げを目指せば目指すほど赤字となる診療部門を明確に分けて運営してきた。例えば、@は循環器領域である。循環器部門は医療器具も高額で差益率は低い(山口県立総合医療センターにおける心臓外科差益率は約20〜30%、眼科は約80%)。しかし、高額であるので、収益増加につながる。Aは整形外科領域である。コストばかりかかり、診療報酬が低く、且つ、差益率は低くので、上手に運営しなければ黒字になりにくい。Bは小児科、救急領域である。多くのマンパワーが必要で、売り上げを目指せば目指すほど収益が悪化する。この領域は病院経営では好ましくないが、地域住民の健康を守るために、公的病院として設置しなければならない。平成18年度の診療報酬改訂で見直されたので、このような問題は軽減されるであろうが、完全ではない。
このように病院経営の立場から儲かる領域には厚く、そうでない領域には薄くすることがよいことは判っているが、現実には診療部門を勝手に操作出来ない事情が大学にはある。それが講座制である。
医学部講座では予算、人事をはじめいろいろな運営を教授が行っているため、病院長といえどもこれに介入することは出来ない。私が大学病院長の時、病院長手持ち助手を確保しようとしたが、多くの教授が反対され、できなかった。予算の中には病院長裁量経費があったが、実際には中央経費で充てなくてはならず、病院長が自由に裁量できるお金はなかった。要するに「お金」と「人事」を持たない人が組織を改革出来るはずがない。さらに、悪い事は病院長は病院スタッフによる選挙、次いで、教授会で選出される仕組みになっていた。一期二年で任期満了となるため、何もしないうち、出来ないうちに任期切れをなることが多い。病院長を二期勤めようとするには、再選される必要があるので、一期目には不評を買うことをさけようとし、当たり障りのないような事しかしない。独立行政法人化し、このような状況が変わったということも聞くが、病院長が選挙で選ばれる体制が続く限り、病院長の権限が拡大するとは思えない。

これに対し、一般公的病院長は開設者、例えば市長、あるいは知事の任命である。しかも、一度、任命されると定年まで任せられる。それぞれの診療科長(部長)は直接病院長の直下に配されているので、病院長は指示し易く、確実に伝わる。しかも、病院長の指示を無視すると、何らかの制裁処置が執られるので、よほどの不条理なことを要求しない限り、病院長の指示にしたがってくれ、迅速に問題が解決される。私が勤務した病院は28年間毎年赤字で累積欠損金は62余億円であった。公的病院であるため赤字は当然であるように県民も、職員も思っていたが、組織に少し手を加えることで、私の在任中の5年間は黒字に転換した。これは各診療部が病院長の考えを支持し、それに向かって一致団結し、推進してくれたお陰である。大学病院では決して出来なかったことである。勿論、弊害もある。長い間、同一病院に勤めると、一生涯勉強しなければならない医師であることを忘れ、公務員化する。患者さんを診察し、治療し、元気に退院させる、これで満足する。このことはもっとも大切であるが、これは医師としては当たり前のことである。医師が信頼されるには当たり前の仕事を為し、その上に何かの「志し」が加わらなければならない。大学人には常に上昇志向が求められ、それを持ち合わせないと大学に席をおくことが恥ずかしく辞めざるを得ないが、一般病院にはそれがない。どのような組織でも、組織発展のいしずえ礎は人材である。一般病院は大学と比べ医師数が少ないので、その質が病院にそのまま反映され、質の良い医師を採用することが人事権を持っている病院長の手腕となる。
同じ病院長でも大学と一般公的病院とはこのような大きな隔たりがある。

教育研究は国の根幹であり、その財政負担は当然国に帰属するものである。しかし、予算削減、市場原理主義、統制要求を目的として組織化された大学独立行政法人化で、「儲けよう」、「儲けよう」というかけ声のもとに運営され、教育・研究を忘れれば、その果たす役割を大学病院は失うことになるであろう。真の大学病院の姿を維持しつつ、医療界のトップであり続けるにはよほどの組織改革をしない限り、いばらの道を怪我せぬように歩くことはできない筈である。





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