Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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勤務医と日本医師会(臨床と研究、8月号) NEW
2006年08月22日

             勤務医と日本医師会
                山口県立大学理事長(学長)
                       江 里 健 輔

日本医師会の構成会員の50%強は勤務医であるにもかかわらず、日本医師会の勤務医への配慮は極めて乏しい。勤務医の医師会費はこれまで病院側が負担していたが、私的機関の会費を公的資金で補填するのは不条理であるとの理由で個人負担になった。それにより、勤務医が日本医師会を脱退した。多くの勤務医は日本医師会を必要と思っていないことを示すものである。これは一つの例であるが、いろいろな原因が医師会の力を年々減退させている。この責任は勤務医、医師会、両者にある。
何故、勤務医が医師会に興味を持たず、積極的に加入しようとしないのであろうか?
「第12回医師の需給に関する検討会」での長谷川俊彦らは、病院常勤医師の1週間あたり院内外勤務時間は70.6時間と過重労働が強いられていると報告し、私が病院長をしていた前任地では医師の時間外勤務時間は平均40時間で、若い医師などは100時間に達することも稀でなかった。しかし、日本の医師の労働生産性(医師一人当たり退院患者数)は英国、フランスに比べると極端に低い。この理由として日本の勤務医には外来負担が大きく、医師の労働が未分化で他職種実行可能な仕事を受け持っているためである。この傾向は大学病院をはじめ大病院ほど顕著である。例えば、多くの国公立大学病院の医師は自ずから検査器具を運搬し、検査が終われば部屋を掃除している。本来は医師の職種ではないが、他職種のスタッフが少ない、あるいはいないために医師がせざるを得ない。手術をする場合でも20種類以上の書類作成、長時間のインフォームド・コンセントなど例を上げればきりがない。これからは、医療技術は益々成熟化、標準化、更には複雑化し、患者の権利意識が強まり、医療情報を開示しなければならなくなるにつれて、手続き、書類作成、説明などの業務が限りなく増え、減ることはない。しかし、多くの勤務医はどうせその病院に一生涯勤めるつもりはないし、いずれ開業するつもりであるから、一時的な辛抱と悟りきって、黙々と毎日の業務をこなしている。このように多くの勤務医にはとっては今の勤務医は仮の姿であるので、最悪の勤務条件でもその待遇を改善しようと努力しない。ますます日本医師会には興味が持てなくなる。
日本医師会は開業医の環境を整えることに汲々としながら、開業医療にはほとんど関係ない「ヒト遺伝子情報の取り扱い」とか「研修医制度のあり方」さらに「臓器移植」などに力を注いでいる。これでは開業医の気持ちが日本医師会から離れるのも当然である。むしろ有力新聞の方が医師の過剰労働など勤務医の現状を調査し、掲載している。ちなみに、日経、朝日、読売、産経の各新聞が取り上げた掲載回数は年々増え続け、2005年では20回を越え、2006年は三月までにすでに10回を越え、勤務医の労働環境が如何に厳しいものであるか、その原因は何であるかを事細かに報道している(長谷川俊彦:医療需給に関する検討会より、2006)。これに対し、日本医師会が設けている「日医ニュース」には勤務医ページの欄をつくり、勤務医関連記事を掲載している。この2年間には、医師の偏在、臨床研修制度、医局制度などについて言及した記事は多くあるが、勤務医の労働条件の状態を掲載した記事はない。
多くの勤務医が日本医師会に期待したいことは労働条件の改善に積極的に取り組んで欲しいのである。これは日本医師会と勤務医の目的意識が水と油のように違うからである。この水と油の2つの組織を有機的に活動する方策を考える必要がある。
その一つは日本医師会の役員を会員数に応じて配置することである。中央でも、地方でも医師会での勤務医役員は極めて少なく、これでは勤務医の実態を把握することは極めて難しい。勤務医から役員を多く登用することで、勤務医の現場を真摯に考える医師会に変貌するであろう。
第二は、それぞれの目的が違うので、別組織として活動させるために、開業医を中心とした開業医師会、勤務医を中心とした勤務医医師会を設ける。その上部組織として日本連合医師会を形成する。両組織は必要に応じて、また、共通の問題については共に考え、対応する。医師会を2つに分けるのは力の分散となり、活力の低下を招くと懸念する意見もある。しかし、勤務医師会と開業医医師会に分けるのは活力の分散ではなく、機能分化であり、それぞれの組織を束ねる組織が上部に存在するので、活力の結集化がはかれる。
第三は労働条件の改善である。報酬は多いにこしたことはないが、勤務医の多くは専門技術者として技術を発揮したいために病院勤めをしているので、報酬よりも快適な環境下での勤務体制を構築することである。ある若手医師が外来診察をしていた時、救急部に呼び出されたので外来患者さんに了解を得て、外来診察を中断した。1時間後に外来診察を開始したところ、患者さんから猛烈な非難を受けた。その若手医師は遊んでいた訳ではないのに、患者さんから非難をうけるのは筋違いと思いながら、それを訴える場がなく悶々としたという話を聞いたことがある。多くの病院はぎりぎりのスタッフ数しか配置していないので、緊急事態が生じた時、対応出来なくなる。迷惑を被るのは患者さんである。病院長といえども、余裕ある医師を配置すれば赤字になり、病院の存亡にかかわってくるので、余裕ある人材を確保出来ない。これを解決するには病院診療形態を変えることである。例えば、患者数、特に外来患者数を減すことである。外来患者さんが多ければ、それに応じた人材、すなわち、医師さらには看護師、検査技師、薬剤師、放射線技師などのコ・メデイカルを配置しなければならない、病院経営からみれば好ましくない。むしろ、外来診療を少なくし、入院患者中心の診療形態にした方が良い。政府も診療形態を病院は入院、診療所は外来中心と棲み分けをするために入院、及び外来患者数の費を1:1.5にすれば加算し、病院経営が円滑になるよう配慮している。この解決には病・診連携、病・病連携を促進し、効率よい機能分担を進めるべきである。国公立病院長も経営よりみて外来診療をなくすことが効率的である事を知っているが、国民の目が厳しいため、そこまで踏み込むことを躊躇している。救急患者を除いて、少なくとも、国公立病院の外来はすべて完全紹介制にするような荒療法が必要である。
平成17年1月号の「日医ニュース」に元日本医師会長坪井氏と元日本医学会長森 亘氏の新春会談が掲載され、その中で興味ある森氏の発言がある。森氏は「日本医師会は政治団体であることを明確にすべきである」と、これに対し、坪井氏は「暴論である。とても受け入れることではない」と一蹴している。
森氏の意見は最もで、多くの勤務医、さらに開業医も望んでいる。開業医医師会が日本医療のあり方、医療人環境の改善に政治的手腕を発揮し、縦横無尽に活動し、学術的活動は勤務医医師会に委ねねれば、開業医は勿論、勤務医も日本医師連合会に積極的に参画するようになるであろう。
今、何らかの手だてを急いでしない限り、酒席でいくら不遇な状況を嘆いてみたところで解決にならず、これから医療を目指す若手医師に希望の灯を輝かせることは出来ない。
それとも、日本医師会首脳部には秘策があると言われるのであろうか? 是非、公けの場でご披露願いたいものである。



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