Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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風のとき(宇部日報)

気骨人を育てる社会に NEW
2006年10月14日

気骨人を育てる社会に
      山口県立大学理事長(学長)
              江里 健輔


今年の高校野球は優勝戦が再試合であったこともあり、興奮に拍車をかけたのでしょうが、かってないほど盛り上がりました。皆様もすでに気づいておられると思いますが、高校野球が開催されている間、子供が親を、親が子供を殺した、あるいは高校生が殺人というような新たな悲惨な事件はまったく発生しませんでしたが、終わるとともに堰を切ったように日本列島、北から南と発生しました。
何故なのでしょうか?
明確な答えを持っている訳ではありませんが、政治家が困難な立場に遭遇した場合、国民の目を外に向けるのが常套手段と言われていますが、日本国民全員が高校野球に熱中し、他に目を向ける余裕がなかったのが理由でしょうか?嬉しいことですが、嬉しさ半分です。私が若いころには毎日野球に興奮し、ザアー、ザアーという雑音を気にせずにラジオ中継を聞き、独自のスコアブックを作り、ブックが貯まってくるのを楽しんだものです。そのような気持ちを駆り立てたのは「川上」、「大下」などヒーローの選手が存在したことです。当時にはそれぞれの分野に突出したヒーローがいたような気がします。今ではマスコミが読者の興味を惹くことばかり集中しているために、次から次へと新しいヒーローを発掘しますが、持続しないために国民の気持ちを動かすような強力なヒーロが育たないことです。それぞれの分野に国民が狂熱するようなヒーロが存在すれば、今のような悲惨な社会にはならなかった、あるいは少なくなったでしょう。
福沢諭吉は
「男子が成長し、社会に出て就職すると、家族・友人の援助から独立して、一人で自活したとする。(中略)望みどおり結婚する。贅沢もせずに倹約を守り、子供にも一通りの教育を受けさせ、・・・・みずからこの暮らしに満足する。世間の人もこの様を見て、独立不羈の人と評価する。まるで立派な仕事をなしえた人のように」
と記述しています(福沢諭吉著、岬 隆一郎訳)。
しかし、福沢諭吉はこれだけで立派な人と思ってはいけな、このような人はただ蟻と同じようなことをしただけで、蟻よりすぐれているとはいえないと痛烈な言葉を投げつけています。その上で「自分の心身の満足をさらに推し進め、人間としてもっと世の中の役立つ、真実の目的を達成することである」と強調しています。
福沢諭吉が現在のような日本社会を予想して述べたとは思いませんが、明治7年にすでに記していることは驚異です。今の若者には「夢」を持とうとしない、持てない社会であるかもしれません。「夢」をもつには「志」が必要です。「志」を持つにはしっかりとした「目標」がなければなりませんが、目標がないからふわふわした、流れ雲のような人が育ってきたのでしょう。あまり良くない例ですが、私達が子供の頃は何時も「将来、どんな人になるの?」と聞かれ、戦時中だから「将来は大将になる」と豪語したものです。ある歌舞伎役者のご夫人が
「歌舞伎社会では子供が跡取りになる場合が多いですが、どうしてそれが出来るのですか」との質問に
「12歳までに徹底した目標に向けた教育をする。それで才能がないと認められたら、別の職業を進める」
と答えています。我々先輩は子供にしっかりとした目標を持つ、持たせるような教育が必要なのではないでしょう。それには、義務教育期間にこのような本を読ませることはどうでしょうか?



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