Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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一言が不信を招く NEW
2006年11月28日

             一言が不信を招く
                   山口県立大学理事長(学長)
                          江里 健輔


医師の言葉が患者さんの免疫力を高めるというデータがあります。
「肝臓に酒は悪いですから、絶対飲んではいけません」というより、「酒は肝臓に良くありませんので、差し控えた方がよいでしょう」という方がはるかに患者さんの気持ちを和らげ、免疫力が高まるとのことです。医療はもともと否定の上に成り立っていますので、医療現場での会話が「いけません」というフレーズが多用されがちです。目が不自由だから、耳が不自由だから可哀相、だから正常にしてあげなければならない、と。しかし、目が不自由だから正常にしてあげないと可哀相だと思うのは健康人の勝手な思いであって、当人にとっては必ずしも不幸だと思っていない場合もあるでしょう。患者さんという弱い立場の方々と接することを業とする医師は医師の立場で一方的に考えを患者さんに押しつけることはもっとも慎まなければならないことです。
私にはセカンド・オピニオン外来での苦い経験があります。45歳の主婦である黒石さん(仮称)から面会を求められました。黒石さんは自分の娘さんが心臓拡張症で入・退院を繰り返しておられ、担当医の昼夜をいとまない熱心な診療にお礼の申しようがないほど感謝しておられました。しかし、娘さんの様態は次第に悪化し、血圧も40mmHgとなり、余命いくばくもない臨終の状態になりました。看護師さんが担当医に処置を仰いだところ、
「うん、手の施しようがないなあ。何をしても同じであろうが、昇圧剤のエフォチールでも投与しておいて下さい」
と指示したのを、隣にいて耳にされたそうです。その途端、臨終で苦しんでいる可愛い、娘に、「昇圧剤でもやっておいてくれ」と、さも不必要な注射を投げやりに娘に与えられたようで、許し難い憤りが湧いてきて、思わず、担当医に「その言葉は何ですか?娘を何と思っていらっしゃるのですか」と詰問したかったそうです。しかし、意識のないまま、人工呼吸器で息をしている娘の顔をみて、ここは我慢しようと怒りの気持ちを抑え、その数時間後、娘は帰らぬ人となられました。49日の法要も過ぎ、すべてが一段落した時、不躾な、配慮のない担当医の言葉が忘れられず、担当医の気持ちを聞かねば、娘は往生出来ないと、自分の気持ちを素直に手紙にしたため、担当医へ郵送されました。しかし、いくら待っても担当医より返事がないため、気持ちのやり場がなく、院長の私に面会を求めたということでした。主婦はいろいろな思いを語られて、最後に
「返事を求めるような手紙を受け取ったら、よほど不埒な手紙でなければ、最低でも“受け取りました”くらいの返事をすべきではないでしょうか?病院長は若い先生にどのような教育をされていますのでしょうか?人間のあるべき姿を教育されておられるのでしょうか」でした。話をじっと聞いていましたが論理もしっかりし、言葉も丁寧で教養のある人に見えました。早速、事情を確かめてみましょう、と担当医を部屋に呼んで、黒石さんの言い分を聞かせました。担当医は
「懇切丁寧はお手紙を頂き、早く返事をしなければと思いながら、どのように返事をしたら良いのか判らなかったので、ついつい、時間が過ぎてしまいました。本当に申しわけないと思っています」と頭を深々とさげ、恐縮していました。そこで、私は
「なるほど、複雑な事であるので、患者さんに納得して頂けるような返事をすることは確かに難しかったでしょう。しかし、受け取ったぐらいの返事はすべきだったでしょう」
と諭した。その上で
「受け取った手紙を持っていますか?持っていたら、今、すぐ持参して下さい」
と指示したところ、大切に保管しているとのことで、直ちに自宅まで取りに帰ってもらいました。送付した手紙を見られた途端、黒石さんは
「娘が帰ってきた。帰ってきた」
とその手紙を胸にあて、大粒の涙を流しておられました。この若い担当医は優しく、良く説明する医師として評判がよいのですが、たった一言で患者さんの家族をこれほどまでに痛みつけるとは思っていなかったようです。
日経メデイカルの552人を対象としたアンケート調査「こんな医者が嫌われる」(2006,4)によれば口調が高圧的(82.6%)、患者さんの痛みに共感せず、「大げさだ」と笑う(73.6%),振る舞いが粗暴(70.5%)な医師が上位三番であったと報告しています。高圧的な態度とは偉ぶっているのではなくて、説明を求めても、「貴方に一番必要な治療をしています」とか、「専門的なことを説明してもわからないでしょう」などと時間の無駄だと言わんばかりの態度をとる医者を指すようです。患者さんの痛みに共感しない、ということは医者がコンピュータばかりみて、患者さんの顔をさっぱり見てくれない、何か言おうとしても、「ちょっと待って下さい。今、貴重な入力をしていますから」、と自分中心に診察し、患者さんを無視したような感じを与える、といったもののようです。私は外来で手術のために入院してこられる患者さんには手術の危険性などを説明し、最後に「必ず、元気になりますよ。そんなに難しい手術ではありませんから、安心して下さい」と言うようにしている。そう言いながら、心の中で「大丈夫かな?」と一抹の不安が横切ることがあるが、あえて心の底にしまい込むように努めてきた。若い先生が「先のことを100%保障するようなことを言っても良いのですか?」と不信がるが、「大丈夫だ」と無視してきた。その代わり、患者さんの身近な人には必要以上に懇切丁寧に時間をかけて説明した。お陰で患者さんが退院される時、「先生の言葉で無上の元気を貰いました。あの言葉で前向きになることが出来ました」とお礼を述べられる機会を多く経験した。私には数十年にわたり治らない慢性前立腺炎の持病の友人がいるが、彼は疲れた時、長い間座っていた場合など、必ず排尿困難になることがあるが、以外に悲壮感がない。それは泌尿器科の医師が「先生のは炎症ですから、排尿困難になっても、尿閉にはなりませんよ」の一言によると申していました。
「嘘も方便」とか「真実は小さい声でしゃべるものだ」とか言われていますが、患者さんには適時、許される程度の嘘は必要なことがあります。若い先生が術前の説明で「この手術は極めて難しく、手術死亡率は25%と高いです。しかし、それを了解して頂かないと手術することは出来ません」と説明している場面に遭遇したことありますが、私などは多分パニックになるでしょうが、患者さんも笑顔で聞いておられるので、100%理解されていないのではないのかと不安になったことがあります。術前や検査前には、これらについて事実を説明することは必要ですが、患者さんと医師との信頼関係が熟成した段階でないと両者の関係が悪くなり、その後の診療もスムーズに運ばないことが多いと思われます。
医師には病気を治すという責務があるとともに、治療を通じて質の高い、豊かな生活をエンジョーイするような環境を作ってあげることも忘れてはなりません。
医学・医療が進歩し、医師が患者さんに関与する期間が長くなるにつれて、治療期間中に、どうしたら豊かな生活を楽しんで貰えるかも考えながら、治療すべきでしょう。



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