Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
執筆情報 [詳細ページ]
癒やしのそよ風(ほうふ日報)

医療費抑制は必要か? NEW
2007年10月04日

医療費抑制は本当に必要なのか?
      山口県立大学理事長(学長)
             江里 健輔

親父が口癖のように
「倹約し、お金を貯めておけ。病気になったら、お金がたくさんいるから」
とよく話していました。国民皆保険のない時代にはお金がないと医師に診て貰えないので、少々のことでは医師にかからず、じっと治るのを待っていたものです。私ごとで恐縮ですが、私の体にはお灸の傷あとが沢山あります。親父がお灸は体にいいからと説得していましたが、一方ではお金を倹約したかった面も否定出来ません。昭和30年代、国民皆保険制度が設けられて、保険証があれば何時でも、何処でも、僅かの自己負担で最高の医療が受けられるようになりました。しかし、少子高齢化社会となり、医療費が年間30兆円を越し、国民生活に大きく影響するようになるにつれて、政府は医療費抑制を矢継ぎばやに行いました。その結果、医療費の自己負担が年々増加し、多くの国民もそれもやむを得ないと消極的に受け入れてきました。私も医療人の一人として現在の医療の中には無駄が多く、必ずしも反対ではありませんでした。医療費を払うということは、@医療は貴重なものであるという意識を高め、A病気をしないように努力し、B無駄をなくし倹約するようになる、などのプラス面もあり、マイナスばかりではありません。従って、支払い能力のある人に医療費を自己負担させることはいちがいに悪いとは言えません。
しかし、「高齢医療負担増を凍結、参院選参敗受け」という報道を知った時、(読売新聞、9月21日)、唖然と致しました。それによると、すでに2006年6月に@70〜75歳の低所得を含む高齢者の医療費の窓口負担を現行の1割から2割へと引き上げ(健康保険法)A75歳以上の高齢者向けの医療保険制度の創設に伴い、75歳以上の一部に新たに保険料負担など、法律が改正され、2008年4月より実施するよう決まっていました。これで約1200億円が高齢者の自己負担になると試算され、凍結に伴う國の財政負担は1000億円前後に上るとみられています(当然、この負担金は他の財源で充填することになります)。自己負担が軽減されることは喜ばしことで、全く異論を唱えるのではありませんが、軽減に至った動機が「今年7月の参院選挙に敗北したから」ではあまりに安易すぎ、法の改正が政治理念のもとになされたとは考え難いのです。

「白い廃墟」と言われているように、医療現場では赤字解消のため人件費削減を中心とした経費節減、医療事故防止、患者に満足して貰える医療の提供、更には、理不尽なクレーマーへの対応と本来の業務ではないところで疲労困憊し、それが結局勤務医放れへとつながり、歯止めがきかないようになっています。現実に緊急課題の小児科医、産科医不足として表れています。
「無限の医療と有限の財源」は十分理解している積もりですが、これでもか、これでもか、と医療費抑制策が打ち出される度に医療の質は低下し、病院間の格差も増しています。
このようなことが確固たる信念もないまま法決定されると、「負担増」もしっかりした信念のないまま決定されたようで、これから先、我々国民は政府を信頼することが出来なくなります。
医療を受けることは国民が生命、自由および幸福を追求する最低の権利です。大きな「ライフライン」です。日本経済が窮しているので、経費削減はやむを得ないと十分理解しますが、医療削減がそのトップランナーであってはならないと思うのは私だけはないだろう。




[ もどる ] [ HOME ]