Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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風のとき(宇部日報)

「生きて行く」人間になりたい(2008,1,1) NEW
2007年12月31日

「生きて行く」人間になりたい
             

人間には「生きている」と言う静的な面と「生きていく」という動的な面がある。日本のような農耕民族は季節の変化に応じて米や野菜を作り、気候に合わせて生きてきた「静的民族」であるが、欧米のような狩猟民族は猟を求めて東西に移動する典型的な「動的民族」である。どちらにも長所や短所があり捨てがたいものであるが、現在は目が回るほどの動的優位な社会になってきた。この「動的社会」に対応出来ない人達は「時代遅れ」と呼ばれるようになる。
今の日本には殺人、いじめ、嘘などが当然のようにまかり通り、大人は「どうしてこうなったのだろう??学校教育いや家庭教育が悪い」と首をかしげて、じっと改善するのを待っている「静的人間」があまりに多すぎる。
人の個性はさまざまで、異なった音階を持っているので、相手を理解するにはこの音階を理解しなければならない。それには積極的に動き回る「動的人間」が求められる。
昨年末、パキスタン北西辺境州とアフガニスタン北東山岳地帯で医療に携わっておられる中村 哲氏の講演「医師が井戸を掘る理由(わけ)」を拝聴した。彼が普通人ではないのは、2000年の大干ばつに遭遇し、病人を診るだけでは死者を少なくすることは出来ない、病人を作らないアフガニスタンにするには溢れあまりある「水」が必要と考え、「水路」を作った。
中村氏は
「私はアフガニスタンの循環器外科医ですよ、でも私の専門の神経内科よりはるかに面白いですよ」
と本当は医師業の方が楽な筈であるにも関わらず、他人事のように淡々と自分に言い聞かせるように話しておられた。普通の医師は診療をすることで医師の勤めを果たしたと思い、それ以上の発想にはならないが、中村氏が素晴らしいのは一歩踏み出し「生きて行く」人になられたからであった。
今、変化の激しい日本に求められている人物はじっと眺めているだけの「静的人間」ではなく、中村氏のような「動的人間」ではないでしょうか?
今年こそは自分のまわりの今、自分で出来ることからまず行動移してみませんか?



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