Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
執筆情報 [詳細ページ]
風のとき(宇部日報)

「偽り」という意味 NEW
2008年02月06日

「偽(いつわり)」という意味
              
山口県立大学理事長(学長)
                       江里 健輔


「偽」という字は「人」が「為す」と書きます。昔から人が為すことは「偽」であると考えられていたようですが、本当でしょうか?
面白い話があります。
ある国の老夫婦が国からの配給では食物が足らないので、自分達で野菜を作ろうと種を買って、庭の畑に蒔いたそうです。ところが雑草ばかりで、野菜が全く育たず、種を調べてところ、その種は偽物であったことが判りました。このように「偽」物ばかりで満たされていることを嘆き悲しみ、生きていてもしようがないと、毒薬を飲んで死のうとしましたが、死にきれませんでした。それを聞きつけた子供達は老夫婦が死なないで、無事であったことを喜び、一家をあげて宴(うたげ)を催しました。その結果、老夫婦と子供達全員が亡くなりました。野菜の種も、毒薬も、そして宴に出された酒もみんな偽物で、飲んだ酒には毒が入っていたということです。
この小話はユーモラスですが、今の日本人には笑えないと思います。
食品表示などに絡む偽装問題、「古紙40%」
と言われた年賀はがきが実は配合率〇%であったなど古紙配合率問題など例をあげればきりがありません。だから、「偽」の字が示すように、人が為すものは全て「偽」と思えばいいのでしょうが、それでは安心して社会生活は送れません。司馬遼太郎は「人は群れをつくる。群れを保ち続けるためには約束事が必要で、そこで、法律が設けられ、それを守って生きている」と述べています。しかし、「偽」が横行しては群れを維持することができなくなります。老後に貰えると思っていた年金が貰えそうもないことが判ると、自衛手段を講じます。各人がかってに行動すれば、社会は成り立たなくなります。
昔より性善説、性悪節が論議されています。性善説は孟子が、性悪説は荀子が説いたものです。孟子は、人間の本姓はもともと善だ、したがって、善なる性質は外部から押しつけられるものではない、と説き、これに反対である荀子は、人間はそのままでは悪であり、人間の本性が善とするのは間違いである。人為の結果、善になるのである、と説いています。両者の言い分に大きな違いはなく、孟子は人間は水の流れの如く自然に任して育てられるのが良い、と、一方、荀子は人間は善に向かって育てられなければならないという強制的な意味あいが強いのです。司馬遼太郎の意見は荀子に似ているもので、群れを作らなければ生きてゆけないであれば、「法治」が必要となってきます。
今の社会は支配すべき機械化文明に支配されています。その文明が人間本来を育てる「善」に向かず、「悪」へ、「悪」へと歩んでいるように思えます。
子供に見せたくないような残虐なシーンが何の規制もなく容赦なく居間におくられていることを考えると、荀子の述べるように「法治」的に強く制御することが求められているのではないでしょうか?



[ もどる ] [ HOME ]