Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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風のとき(宇部日報)

何故、肩書きにこだわる NEW
2008年09月29日


何故、肩書きにこだわる
                      
山口県立大学理事長(学長)
                         江里 健輔

朝、起きたら、父親が
「お前の上司の○○教授、まだ教授か?教授は死ぬまで出来るんか?」
突然、質問してきました。
「教授には定年があるんで、○○教授は再来年が定年で、その時、辞めてと思うよ」
「そうか、なんとも頼りない立場だなあ。教授を辞めたら、次はどうなるんだ?」
「どうもならんよ。それで終わり」
「お前もよう考えておけよ。肩書きなんか、吹けば飛ぶようなものだから。世間はその肩書きには注目するが、その立場を失うと、振り向いてもくれんから」
あの当時は父親がどうしてあのような質問をしたのか、その真意がわかりませんでしたが、今、思うと、「形式より質」を私に教えたかったのではないかと思います。
そういえば思い出すことがあります。
ある問題で、自治会内でアンケートすることになりました。回答のなかに、肩書きを付したアンケートがありました。自治会の事ですので、肩書きなどは不要なのですが、その人が、どんな人格の持ち主だろうか、何故、肩書きを付されたのか首を傾げざるを得ませんでした。多分、この人は肩書きを付することにより、「おれはお前達と違って、賢人である。だから、俺の意見はそれだけ価値があることをよく認識せよ」というパターナイズム(父権家長主義:奥底には子どものために自己犠牲を惜しまないという愛情がありながら、表面的には子どもの意思を圧殺するような支配的態度をとる二面性を持っていること)とふりかざしているように思えてなりません。肩書きを紹介する目的は仕事を円滑に進めるためであり、仕事以外で、肩書きを使う必要はありませんし、意味のないことです。それにも関わらず、今の世の中にはこのようなパターナイズムを声丈高に主張する人が多いように思えてなりません。
パターナイズムと言えば、医療界で問題視されたことです。ご承知のようにパターナイズムが患者さんを不幸にしたと言われています。これまでは患者さんは病気の本質を知る必要はなく、知ろうともせず、すべて、医師に任せればいい、という風潮でした。しかし、一般人の医療知識が向上し、自己権利意識が高まり、一方、医療・医学の進歩で、多種多様な治療法が開発され、受けたい治療を患者さんが選択しなければならなくなるにつれて、パターナイズムが時代から見放されてきました。
医療人の一人として、医療界でも見放されたパターナイズムが一般大衆にいまだに遠慮はばかりなく横行していることに慚愧に堪えない気持です。
父の質問のように、肩書きは浮き草のようなもので、適切に使ってこそ意味があるもので、ところをわきまえず、乱発することは見苦しいだけです。
もっと視野を広め、対局的立場で日々行動することが求められているように思えてたまりませんが?




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