Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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癒やしのそよ風(ほうふ日報)

勤務医を止める理由 NEW
2008年09月23日


勤務医を辞める理由
       山口県立大学理事長(学長)
               江里 健輔

親父は私が開業することを望みながら、とうとう、その姿をみないうちに亡くなりました。親父には申しわけないことをしたと絶えず思っていますが、親不孝なことをしたとは感じていません。私が開業しなかったもっとも大きな理由は、どうも自分は完璧な人間ではない、それが証拠に学校のテストで100点満点をとったためしがない、ケアレス・ミステイクを必ずするので、いつも95点ぐらいでありました、これでは、大切な患者さんを一人で診察・治療すれば、この僅かなミスが患者さんを大変な状況に追い込むのではないかという懸念が常にあったからです。その点、勤務医はチーム医療であるので、一人で診察しても、治療しても、疑問に思えば、直ちに、相談する仲間がいるので、安心出来るという気持があったからであります。
最近は勤務医不足問題が、新聞紙上を賑やかしています。
その原因は勤務医の就労環境があまりにひどいからであります。病院勤務医1,700人のうち、有効回答した363人を対象としたアンケート調査では、宿直明けの勤務を必ず行っているとした割合が実に70%と大半を占め、さらに、現在の職場を辞めたいと思うと回答したものは58.8%であったと報告されています(Medical Tribune,2008年9月11日)。誰でも楽で、その上、給料がよければ、その職場を選ぶのは当たり前ですが、私の世代では、必ずしもこのような理由が職場選択の主な条件ではありませんでした。
こんな話しがありました。教授がある医師に某病院に赴任するように命令しました。その病院の給料は大変高いのですが、手術がほとんどありませんでした。彼はその病院に赴任すれば、余ほど努力しないと、外科医としての将来が完全に断たれることになるので、命令に応ずるべきか悩んでいました。奥さんに相談したところ、
「貴方、どうして悩んでいるの。給料は高いし、手術がなければ、それだけ楽でしょう。教授が折角貴方のために用意されたのだから、赴任しなさいよ。私は貴方の気持ちの方が判らないわ」
と一笑されたそうです。その言葉を聞いて、赴任する決心がついたそうです。
このように、以前は医師にとって職場選択の重要な条件は自分の技量が発揮出来るかどうかでしたが、最近の病院は医師の技量が十二分に発揮出来る状態にはないので、このような理念が崩れてきたのです。即ち、今はどのような手術でもガイドラインが設けられ、それに外れた手術をして、万一、患者さんが死亡されるとか、重篤な合併症をきたした場合、訴訟されると、必ず敗訴するからです。しかし、すべての患者さんがガイドラインに沿った手術ですむものではありません。なかには危険を侵してもしなければならない場合もあります。以前のように今では「私の手術でやっとこの患者さんを救った」という満足感がえられる機会が少なったわけです。給料は安い、満足感が得られないのであれば、勤務医であるメリットがありません。多くの医師が開業、あるいは、長期療養型病院へ勤務するようになるために、急性期療養型病院の医師が不足するのは当然です。
「勤務医不足」であって、医師不足ではありません。その解消には勤務医であることで「満足感が得られる医療環境」を醸成することです。医学部定員を増やすことは資質のない医師を養成するだけで、決して医師不足の解決に繋がるものではありません。




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