Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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風のとき(宇部日報)

恩義に報いろ NEW
2009年02月03日

恩義に報いろ
                山口県立大学理事長(学長)
                       江里 健輔

「あの人は恩義を全く感じない人じゃ」
とか
「私はあの人の面倒を随分みてやったのに、まったく有り難いと思っていないようだ」
という会話がしばしば交わされています。それを聞き、
「恩義を感じない人は人間じゃない。犬でも、可愛がればなついてくる」
と恩義には報いるべきことが常識になっています。そんなおり、面白いブログに出合いました(竹中郁夫の『時流を読む』)。
ニューヨーク州ロングアイランドに住む外科医が、8年前に愛妻に自分の腎臓を提供したそうです。腎臓病も回復し、ハッピーエンドとなる筈でしたが、その妻が不貞に走りました。夫は怒り心頭し、どうしても気持が治まらず、腎移植に提供した腎臓を返すか、もしくは賠償金150万ドル(約1億5千万円)を支払えという訴訟を起したということです。
プレゼントと移植臓器を同義に捉えることは出来ませんが、この問題はプレゼントする行為を考え直す良い機会となりました。
プレゼントは恩義、感謝、お詫びなどの為に行うものであり、代償を要求するなどの行為があっては本来の目的を失い、賄賂になってしまいます。基本的には与えた側が満足感や幸福感を得られれば、プレゼントの目的は達成されたのであり、相手側がどう感じるかは問題ではありません。外国人はプレゼントを受けた場合、その場で感謝を示しますが、翌日、御礼を述べることは決してありません。これに対し、日本人は翌日御礼の言葉がなければ、感謝を感じない失礼な人と見なされます。
そう言う意味で上述の夫は外国人らしくありませんが、命をかけて腎臓という大切な臓器を与えたのに、報われないことに外国人らしさを失わせたのかもしれません。
父が度々私に質問していました。
それは
「『愛情』と『慈悲』はどう違うか判るか?」
でした。若かった私に判る筈がありません。「さあっ」と言って、黙っていると
「情けない奴じゃ。こんなことも知らんのか。『愛情』とは人を深く愛し、いつくしむ心で、状態により憎悪にもかわるものだが、『慈悲』とは菩薩が人々に楽しみを与え、苦しみを取り除くもので、如何なる状態になろうとも決して変わらぬものである。それは丁度、前者では夫婦関係で、後者は親子の関係のようなものである」
と教えてくれました。
新聞の3面記事を見るにつけ、現在の世は正にこの『慈悲』が忘れ去られたように思えるのですが・・・




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