Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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その他

オムツ離れとオムツはじめ NEW
2009年05月29日

オムツ離れとオムツ始め
      山口県立大学理事長(学長)
江里 健輔
                       
奇妙なタイトルと思われるでしょうが、オムツが人間崩壊への誘導線になっているような話しです。
発端はあるラジオ放送を聴いてから気づいたものです。それによると、最近、赤ちゃんのオムツ離れが以前に比べ遅く、中には、4歳までオムツをしている子がいるそうです。その理由はオムツが、昔のように布ではありませんので、肌に優しく、使い捨てで、洗濯する必要もない、その上、オムツをしていれば、オシッコ、ウンチをさせる必要もなく、母親の手間が省けるからだと言われています。しかし、これは赤ちゃんの知的成長を著しく遅らせていることになります。昔は赤ちゃんが泣き出すとオシッコやウンチがしたくなる警報と受け止めて、お母さんが急いで、トイレ、縁側、あるいは庭の角で「シー」、「シー」と言いながら、オシッコをさせてものです。今では、環境汚染などからこのような光景を見ることはできませんが、今はオムツが汚れる前に交換するようなことは滅多にないそうです。このように一見なんでもないようなことですが、早期のオムツ離れは赤ちゃんをいち早くノーマリゼーションの生活につかせることに繋がるでしょう。
一方、ご存じのように、加齢に伴って、痴呆が生じてきます。今、認知症は全国で180万人おられるそうで、10年後には300万人に達すると予想されています。医学・医療は益々進歩しますから、間違いなく増えることでしょう。誰もが認知症にはなりたくありませんが、加齢により、脳血流量が減少するのですから、脳が萎縮し、機能が衰えるのは当然で、ほとんどの人が避けては通れない現象です。しかしながら、私達が痴呆になるのは仕方がないとしながらも、出来れば軽い症状であって欲しいと願っています。施設では、寝たきりになりますと、即座にオムツを使用するそうです。これも赤ちゃんの場合と同じで介護の人的資源が不足し、どうしても手間を省かざるを得ないようです。私の父は94歳まで生き、死ぬ2年前までは近くの病院のお世話になり、自己表現が出来るのに、オムツをしていました。そして、オムツの交換はオシッコやウンチが出る、出ないに関係なく、機械的に一斉に朝行われていました。人間に対する業務ではなく、如何にも非人間的、物質的な対応としか言いようがありません。介護経験者によれば、オシッコやウンチは出来る限り、トイレで済ませるようにすることで、痴呆の進みが遅くなるそうです。確かに、口から食事が出来ない患者さんに食物を注入するために、胃に穴を開ける手術、所謂、胃瘻という手術をしばしば行いますが、この手術をされた患者さんの痴呆は急速に進みます。食べるために、口を動かす、これが人間として最低の必要条件です。オシッコ、ウンチも同様に人間として生きる最低の条件です。これらが優しいオムツが開発されために失われそうになっています。
ノーマリゼーション(ノーマライゼーション)という言葉があるのはご存じでしょう。N.E.バンクーミケルセンが世界で最初に福祉政策の中に取り入れたもので、その目的は障害者の人権を認め、取り巻いている環境を変えることによって、障害のない人と同じような生活を可能な限り営ませることで、「共に生きる社会」を実現しようとするものです。最近は障害者ばかりでなく、高齢者も含めた社会福祉の基本理念になっていますが、オムツはその使用の仕方によっては、このノーマリゼーションの目的を踏みにじることになってきます、折角、知恵を絞って考え出した文化が人間崩壊への近道へと線引きしているようで、残念な気がしてたまりません。読者の皆さんはどうでしょうか?




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