Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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その他

すぐ薬をのまない(フリッシュ、20) NEW
2009年07月31日

すぐ薬を飲まない
山口県立大学理事長(学長)
江里 健輔

今日では当たり前になった健診や人間ドックが一方では病人を作り出している現状があります。牧田総合病院健診センター院長の笹森典雄さんは「異常と言われた人の9割は治療の必要がない」と2002年に述べています(朝日新聞、july/15'02より)。私事で恐縮ですが、10年前、血糖値が210mg/dl,
HbA1c7.0mg/dl,コレステロール310mg/dlでした。内科医がこのまま放置していては早晩、心筋梗塞を発症する危険性があるとのこと、薬を処方しますから、と薬を飲むことを勧めました。私の家系には糖尿病やコレステロールの高い人はいないので、この異常値の原因は外科医の不摂生のためであることが明らかでしたので、
「ご忠告は誠に有り難いのですが、私の家系には糖尿病や高コレステロールの家族はいません。多分、手術や病院長などの激務のために、生活が乱れているのが原因と思われていますので、とりあえず、今の生活を反省し、自分で調整してみます。それでも高い値であれば、薬を処方して下さい」
とお願いしました。
それ以来、減量に努め、肉食をはじめとした脂肪分の摂取を差し控え、甘いものは一切口にしないという徹底的な禁欲生活を3ヶ月続けました。その結果、コレステロールは180mg/dl,血糖値135mg/dl,HbA1c5.8mg/dlとほぼ正常値となり、現在まで薬を飲まなくて済んでいます。今、思えばあのとき薬を飲み始めなくてよかったと拍手喝采の気分です。きっと、「薬」という魔王に支配され、薬から逃れることが出来なかったでしょう。
一般的には、検査値が基準値より高いから、即座に薬を飲まなくてはならない人が1割で、後の9割は飲まなくても良いと言われています。そもそも、正常値というものは絶対的なものではありません。コレステロール基準値は220mg/dlと定められていますが、これは1997年に定められてものです。しかし、2001年、日本人5万人の疫学調査から、240mg/dl未満では心筋梗塞の発症率に差がないことが判りました。日本動脈硬化学会で、基準値を240mg/dlに緩める新基準値が発表されましたが、いろいろなところで議論され、この案は毛局認められませんでした。確かに、基準値が220mg/dlから240mg/dlになりますと、相当な“患者”さん、多分、現在の1千万人の患者さんが230万人に減少するだろうと推定されています(前出より)。これは医師にとって、経営的にも大きな問題となります。勿論、経営を考えて基準値が定められているのではありませんので、この基準値を真摯に受け止めなければなりませんが、基準値は沢山の人の値から決められたものですので、年令、性別などを考慮されたものではありません。そういえば、70歳以下ではコレステロールの値が心筋梗塞の発症と関係しますが、70歳以上では全く関係ないという報告もあります。薬を飲み始めるコレステロール基準値として50歳以上では男性260mg/dl以上、女性280mg/dl以上という報告もあります(読売新聞、2006,6,18より)。
今では治療法がガイドラインで示され、医師はこれに準じて治療をしています。それによると総コレステロールが220mg/dl以上では心梗塞などの虚血性心疾患発症の危険性が有意に高くなるので、240mg/dl以上ではコレステロール低下療法を推奨しています。医師はこのような患者さんを目の前にすると、好むと好まざるに関係なく、医師としての義務を果たすためにコレステロールを低下させる薬剤を投与しようとします。しかし、コレステロールを低下させるには薬物療法だけでなく、運動、食事療法などもあるし、糖尿病、肥満、喫煙などの危険因子を取り去る方法もあります。従って、これらの方法をまず行って、それでも効果がなければ、第二の方法として、薬物療法とすべきであるのに、最初から薬物療法に飛びつくのは大きな誤りであります。薬物療法を開始する前述のコレステロール値が正当かどうかを立証した成績がありませんから、断定は出来ません。私の経験からも薬物療法を開始する前に、まず、自分で出来る事、すなわち、運動、食事療法を試みることは極めて有用であると確信しています。




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