Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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その他

おばあちゃんの知恵 NEW
2009年09月30日

国保やまぐち、燦(No329)
           おばあちゃんの知恵?
           山口県立大学理事長(学長)
             江里 健輔

私が大学時代にある病院に短期出張していた時の話です。
「先生、おばあちゃんは何時ごろ息を引き取るのでしょうか?教えて頂けます」
「そうですね。もう2〜3日は大丈夫と思いますよ。まだ、呼吸がしっかりし、下顎呼吸になっていませんので」
「先生、頃では困るのです。私達も忙しいし、息を引き取る時、一人であの世に旅出させるのは可哀相で。何月何日、何時ごろ、と教えて下さいませんか」
「それは困りましたね。人の命は神のみぞ知るで、計算通りにまいりませから」
老衰で、余命幾ばくもない85歳のおばあちゃんについて家族の方が立ち替わり入れ替わり、
おばあちゃんの様子を聞きに来られました。
私は看護師さんに
「おばあちゃんの家族は今時分めずらしくおばあちゃん思いの家族だね。感心し、涙がでそうな気持ですよ」
看護師は
「先生はまったく事情が判っていませんね。おばあちゃんは若い時から仕事熱心で、倹約家で、結構お金を貯めておられるみたいですよ。それで、入院する時、財布、貯金通帳を布団の下において『看護師さん、お金が必要なら、この財布から支払って下さいね』と頼まれているのです。それで、おばあちゃんの死に目にいないとそのお金を取ることが出来ないからですよ。だから、頃では困るのです。正確な時間を訊ねられたでしょう。家族に大切にして貰うには一番良い方法かもしれませんね。私も年寄りになったら、おばあちゃんに見習おうかしら」
と大笑いで答えてくれました。
私は初めておばあちゃんも大切なのであろうが、本当の目的はお金であったのかと、淋しい気がしながら、家族の態度が飲み込めました。
確かに、これから先、老後が楽しく、幸せに過ごせるかどうかは大問題です。理由は毎年高騰する医療費をどうして抑制するかであります。このまま放置していれば、医療費が国民生活を圧迫することになるのは火を見るより明らかであるからです。平成17年の厚生労働省(厚労省)「患者調査」によれば、相変わらず社会的入院が多いと報告しています。それによりますと、入院理由として、生命の危険がある6.1%,生命の危険は少ないが、入院治療・手術を要する59.9%,受け入れ条件が整えば退院可能、いわゆる社会的入院19.2%,検査入院・その他14.7%とのことです。社会的入院の比率は35〜64歳では16.2%であるのに対し、75歳以上では4人に1人にあたる23.7%で、高齢者になるほど高率になっています。社会的入院で支払っている医療費は年3〜5兆円になるので、このお金が全く無駄であるために抑制しようと言うわけです。そこで、政府は長期療養病棟の再編を計画しています。療養病棟には急性期療養病棟と長期療養病棟があります。前者は生命に危険があるために治療が必要なものが入院する病棟であり、長期療養病棟は生命の危険は少ないが、治療・手術が必要なものが入院する病棟です。長期療養病棟には医療保険と介護保険が適用される病床があります。中での介護保険で入院している患者さんにはほとんど手術されていません。従って、このような病院に勤めている医師のほとんどは現役を退いた方々です。
現在(2006),長期療養病床は医療保険病床25万床、介護保険病床13万床、計38万床あります。2011年度末には介護保険病床を廃止し、老人保健施設、ケアハウス、有料老人ホーム、在宅療養支援拠点など適切な介護施設等に転換することにしています。2017年には医療保険病床が15万床にするとしています。

貴方は老後をどのように過ごされますか?
政府は在宅介護を推進しています。これに関して面白い記事が掲載されていました。(朝日新聞、2009,3,13)
大臣に誰に介護して貰いたいか、という質問で
桝添厚労相は母親の介護で大変苦労した。介護はプロに。家族は愛情のみ。
麻生首相は四世代同居していたので、介護の大変さは理解している。方向性としては桝添大臣が正しい。
与謝野財務相は子供に面倒をみて貰えるとも思っていない。女房には迷惑をかけられない。入れる施設があったら入りたい。
鳩山総務相は認知症の傾向が出た場合、自宅よりグループホームの方が幸せ感があるのではないか?
表現こそ違いますが、思いはいずれも同じで、上記の大臣はだれも自宅で面倒をみて欲しいと思っていません。時の施政者が在宅介護を推進しながら、自分が介護が必要になったら、在宅介護を望まないでは国民は一体どう対応すべきでしょうか?
ご承知のように一人暮らしの孤独死、介護疲れによる殺人、家族からの虐待や介護放棄など痛ましい事件が発生しています。平成12年から介護保険制度が施行され、在宅介護支援センターをはじめ関係施設ではこのような痛ましい事件を予防するためにいろいろな対策を講じることで、在宅サービスの利用者は倍増していますが、依然として住民間では施設志向が強く、在宅介護には大きな不安があります。
私の勤めている山口県立大学では社会福祉士を養成する社会福祉学部があります。学生の福祉、介護への思いは極めて強く、熱い気持ちを持って卒業し、社会福祉施設に就職しますが、待遇が悪く、その上、施設が掲げている理念とほど遠いことが行われているため、将来への展望を描くことが出来ず、特に、給与が就職した時のままであるために、家庭が持てないと深刻に悩み、離職しているのが現状です。ちなみに彼らの1年離職率は20%で、その他の職場が15%でありますので、かなり高いと言えます。そのようなことを苦慮し、平成21年7月20日に全国社会福祉系大学長会議で社会福祉士の待遇改善アッピールをしました。このような運動をしなければ、当局が反応しないということも悲しいことですが、このままでは「医療崩壊」ならぬ「福祉・介護崩壊」が生じるであろうという危機感です。

これからは高齢者2人を一人が面倒みるようになるほど、高齢者が増加してきます。在宅介護するスタッフが確実に減少し、早晩、対応出来なくなるのは明らかであります。高齢者を組織的に世話するような安らぎのある施設を設けることが在宅介護より必要となるでしょう。
我々一人一人が他人事ではなく、身近な問題として真剣に考えるべきでしょう。



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