Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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その他

幸せ感を低下させない医療費の抑制 NEW
2009年12月06日

幸せ感を低下させない医療費の抑制
               山口県立大学学長(理事長)
                         江里 健輔

肝臓移植医で有名なトーマス・E・スターツル先生は「無限の医療、有限の財源」と言われ、適正な医療費について終始悩まれ続けられました。私が研究員としてコロラド大学に留学していた昭和47年頃、脳死肝臓移植(以下肝臓移植)を始め、脳死心臓臓器移植が臨床の途についたばかりで、一つの治療となるかどうか世界が注目していた時代でした。彼は肝臓移植を一般治療にしようとして、家族旅行中でも、臓器提供者が出れば、旅行を切り上げて移植手術をするなど、日夜体力を消耗しながら、悪戦苦闘しておられ、門外漢の私でも頭が下がる思いでした。そのような時、65歳の女性に肝臓移植を行い、その費用が24万ドルで、当時のアメリカ一般家庭(両親と子供2人)の年間生活費が2万4千ドルであったことより、一人の高齢女性を救うために、多くの家庭を犠牲にまでして行う価値があるかどうかでかなり非難されました。当時から臓器移植は高額で、彼がこのままコロラド大学で移植医療を行うとコロラド州の経済が壊滅的な状態になる可能性があるとのことで、州は彼に移植例数の規制を要請しました。一つの先進開発手術が一般医療として容認されるには、1年生存率が30%以上なければならないという不文律があり、その目的を達するには多数の臨床例が必要でありました。彼は悶々とし、最終的にはコロラド大学から移植症例数が規制されていないフイラデルフィアにあるペンシルベニア大学に転勤し、多数の臨床例を経験し、現在のように肝臓移植を一般医療として容認させました(トーマス・E・スターツル:ゼロからの出発、わが臓器移植の軌跡より)。彼の功績はノーベル賞に至適すると私は思っていますが、臨床領域にはノーベル賞は授与されませんので、医療人以外には彼の名はあまり知られていません。
問題は彼がペンシルベニア大学に転勤しなければ、肝臓移植が現在のように一般に容認されるような医療にならなかっただろうか、ということであります。即ち、お金が医療をコントロールしたことです。
2007年の国民医療費が34兆1360億円、一人あたり、26万7200円であったと厚生労働省が報告しています。この額は診療報酬を引き下げした2006年に比べ、全体で1兆84億円、1人当たり7900円増(3%増)になります。一方、国民所得比(我が国の総収入の対する医療費の割合)は2006年では8.87%でありましたが、2007年では9.11%と初めて9%の大台に達しています。1人当たり年間医療費は65歳未満16万3400円、65歳以上64万6100円、70歳以上72万2200円、75歳以上79万4200円となっています。75歳以上になりますと、65歳未満の5倍の医療費がかかっている計算になります。高齢化社会になれば医療費がかさむことは当然で、避けられないことですが、このまま右あがりで、何ら対策を講じなければ、日本経済が破綻しますので、医療費を国民総生産のどのくらいするかの線引きが必要です。
私が国保診療報酬の審査をしていた事例です。大正14年生まれ(83歳)の患者さんに、両変形性膝関節症、右肩関節周囲炎、変形性脊椎症、高脂血症、胃炎、高血圧、骨粗鬆症、便秘、右膝関節炎、脳梗塞後遺症の診断で、薬がエビスタを始めとして12剤投与され、入院費その他を含めて約1ヶ月105万円が診療報酬として毎月請求されていました。果たして、この患者さんに治療効果を期待することができるでしょうか?患者さんを診察していませんので、断定的なことは申せませんが、年令と疾患を考え、12剤の薬の効果があるとは思えません。いずれの疾患も老化現象に基づくものですから、治癒することはありません。生活に支障をきたす症状をなくす程度の治療で充分と思います。そうする事で、薬代も安くなり、医療費抑制にも繋がります。

支払う費用としてどのくらいの負担金が適当かは判りませんが、負担が少なければ少ないほど良いことは当然ですが、医療費の高騰で、国の財政が悪化するようであれば、ある程度の私費負担は仕方のないことです。ちなみに、2007年の医療費負担は自己負担14.1%,公費(国、自治体)負担36.7%,保険料49.2%であったと報告されています。全てが我々の税金ですので、私費、公費と分けることに意味はありませんが、それでも自分のポケットから出すお金は少ないほど嬉しいものですから、自己負担が問題となるわけです。世界の一人あたり医療費はトップがスイスで45万円、次いでアメリカ42万円で、日本が28万円で、世界で第7位です。しかし、これを対GDP(%)との割合でみると、アメリカが14.0%,ドイツが10.5%であるのに対し、日本は7.2%で、なんとスペイン、ニュージランドに次いで19位です(http://www.mie.med.orjpより)。このデータでみる限り、必ずしも、日本の医療費が世界に先駆けて高いとは申せません。従って、当局の医療費抑制策に諸手をあげて賛成するわけではありませんが、無駄があることも事実です。当局は医療費抑制を診療報酬を抑制するなど医療側に集中している傾向にありますが、国民の幸せを維持しながら、医療費抑制を考慮すべきだと考えます。
私の提言は次ぎのようなことです。
今の医療は病院にせよ、診療所にせよ、ほとんど一人の担当医に委ねられています。従って、担当医の医療に対する考えで、診療が濃厚になったり、薄くなったりすることは否定できません。私は山口県立総合医療センターに勤務している時、担当医が自分の診療が適正であるかどうか悩んだ場合、病院内の適正診療裁定委員会に具申し、病院全体で考えるような制度を設けました。この委員会は病気が多岐に亘る場合、一つの診療科の判断だけでは、不十分な診療になることを防ぐために設けたのですが、医療費についても審査する制度を設けるべきであると思っています。以前に行った私の調査では国保診療報酬が月1千万円を超過した患者さんのほとんどはなくなっておられました。いくら重症でも、月1千万以上かかるような病気は治療の限度を超えているという証拠です。この対象となる患者さんが40代、50代であれば、それでも積極的に治療する意味もあるでしょうが、80歳以上の患者さんには全く意味のないことです。
しかし、その判断を担当医に委ねることは極めて危険です。そこで、山口・防府医療圏というようなブロックごとに専門家からなる診療報酬適正裁定委員会を設け、診療報酬が高額(どのくらいの額にするかは検討すべきであるが)である患者さんに行われている治療が適正であるかどうか審査し、その裁定のもとに、行うべき診療を決定すべきあると思います。ここで例としてあげた患者さんの診療状態は患者さんがなくなるまで延々と続くことでしょう。
今の日本の皆保険制度は世界に冠たる優れたものです。医療費の抑制には国民の感情を度外視してすべきものではありません。国民の幸福感を低下させることのないような医療改革を積極的に推進すべきでしょう。



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