Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
執筆情報 [詳細ページ]
その他

なぜ、魚は動脈硬化を抑制するのか? NEW
2010年09月23日

              
なぜ、魚は動脈硬化を抑制するのか?
              山口県立大学学長(理事長)
                      江里 健輔

寝たきりの原因の半数は脳血管疾患、心疾患、高血圧性疾患、糖尿病などで占められています。いずれも血管の疾患で、ちなみに、脳の動脈が硬くなっている人は50歳代で73%,60歳代で92.8%,70歳代で94.4%と、加齢に伴いほとんどの人達の脳の血管は硬くなります(Katsuki,S.et al:Cerebral Circulation and Stroke,1971,p183-192より)。この従って、70歳以上の代表的な疾患は高血圧、糖尿病、心臓病、脳卒中といずれも血管疾患です。これらの疾患をコントロールすれば、長生きできると言っても過言ではありません。
私ごとで恐縮ですが、私のライフワークは心臓血管外科でした。血管外科の主な病気(脳血管疾患、心疾患、高血圧性疾患、糖尿病)の原因には写真でみられるように血管の中に豆腐のからのようなもの(医学的には粥腫、アテローマと呼びます)が詰まるものと腫れる(拡張)ものとがあります。いずれも病気が進行してきますと、詰まった先には血液が流れなくなるので、酸素が不足し、腐ってしまいます(これを医学的には壊死と呼びます)。症状としては激痛が生じますので、手術でしか症状をとる方法はありません。何故ならば、硬くなった血管をしなやかに、そして柔らかくする方法はないからです。治療と言っても、根本的な治療ではありませんので、一生涯、悩まされ、生活の質を低下させることになります。このような病気は全身の血管に起こりますが、脳に起これば脳梗塞、心臓に起これば心筋梗塞、腸に起これば腸間膜動脈閉塞症、腎に起これば腎梗塞、下肢に起これば下肢閉塞性動脈硬化症ということになります。一方、血管が腫れるのは動脈瘤です。歌手の村田英雄さんは糖尿病が原因で下肢が腐り、足を切断されました。有名な作家の司馬遼太郎さんは腹の血管に瘤ができ(腹部大動脈瘤)、亡くなられました。私の仕事は下肢の動脈が閉塞し、壊死になりそうになった足を腐らさないようにするために、閉塞した場所より末梢に血液を送る道を作る手術(バイパス手術)を多くの患者さんに行ってきました。この手術で、腐りかけた足のほとんどは救われます。しかし、進行した患者ではたとえ手術は成功しても、数年後にはバイパス路が再び閉塞(再閉塞)し、元の黙阿弥になることもありました。このようなバイパス路の閉塞を予防する良い手だてはないものかといろいろな薬を用いて実験したものです。その中で、エイコサペンタエン酸という薬が再発防止に有効であることが判りました。もともとこのエイコサペンタエン酸は魚に沢山含まれている物質で、この事実が発見された経緯は極めて興味津々です。
世界的に有名な研究者であるデンマークのダイアベルグとバング博士らが、デンマークのグリーンランドに住むイヌイット人(エスキモー人)が心筋梗塞で死亡する割合が本土に住むイヌイット人の十分の一以下と極めて少ないことに疑問を持ちました。そこで、彼等は1963年〜1967年間にわたって、グリーンランドのユマナクという村で、イヌイット人の食生活と血液のかたまる病気(血栓性疾患といいます)との関係や、血液の成分を調べました。その結果、グリーンランドに住むイヌイット人は主として海の哺乳類であるアシカ、アザラシ、イルカなどの肉と魚介類を常食としており、この事が血液を固まりにくくし、その結果、遺伝的なものでもなく、単なる彼らの食生活が心筋梗塞などの血管病の発生を減少させていると結論づけました。
それでは魚を食べると、血管が詰まることが何故、少なくなるのでしょうか?
彼等の研究によると、同じイヌイット人でもデンマーク本土よりユマナクに住んでいる人達に血液を固まりにくくする脂肪酸(エイコサペンタエン酸とも呼ばれます、EPA)がより多く含まれていることが判りました。このEPAは魚介類の油や海のほ乳類の脂肪に含まれていますが、陸上の動物の脂肪や植物の脂肪には含まれていません。血液は血管の中でよどみなく、さらさら流れなくてはなりませんし、血管が破れた場合には血液を固まらせるように作用しなければなりません。このように血液には諸刃の剣の作用が求められていますので、そのバランスが重要となってまいります。EPAが心筋梗塞や脳梗塞、さらには、老人性痴呆に有効であることは科学的に証明され、既に市販されています。津金昌一郎氏による著書「なぜ、『がん』になるのか?その予防学を教えます」には次ぎのような実験結果が報告されています。魚の摂取量を5つのグループにわけ、心筋梗塞の発生率の関係を40〜59歳の男女約4万人について調査しています。その結果、魚の摂取量が約20g/日ともっとも少ないグループに比べ魚の摂取量が180g/日と多いグループでは心筋梗塞に発生する危険性が40%と低くなっています。これまでも欧米で、30〜60g/日程度の魚の摂取では心筋梗塞発症を予防することが出来ないことがすでに示されてきています。
一般に日本食は健康的と云われていますが、それらの中でも、特に魚の摂取量を増やす事が大切であると言えそうです。





[ もどる ] [ HOME ]