Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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風のとき(宇部日報)

たかが言の葉、されど言の葉 NEW
2011年01月24日

たがが言の葉、されど言の葉
             山口県立大学学長(理事長)
                      江里 健輔

正月そうそう医療メール相談が飛び込んできました。
「私は今肺ガンの末期で、強力な化学療法を受けています。下痢や口内炎で痛い、苦しい毎日ですが、少しでも希望があるならば、ということで病と闘っています。主人は大変優しく、雨が降ろうが、雪が降ろうが毎日1回は病院に顔を出して、元気づけてくれています。布団にかくれて、主人に手を合わせ感謝の気持ちで一杯です。そのような私に向かって、32歳前後と思える看護師さんが『○○さんは幸せですね。私は沢山の患者さんに接していますが、あなたのご主人さまのように毎日、顔を出される方は本当にめずらしいですよ。有り難く思いなさいよ』と言われ、頭からぬるま湯を浴びせられたような気持になりました。それ以来、悔しくて、淋しくで、哀れでたまりません。こんなに苦しみながら、感謝しているのに、という思いが募り、その看護師さんに会うのが恐ろしくなりました。この看護師さんと今後どのように向かい合えばよいのでしょうか?」
多分、この看護師さんには悪気はなかったのでしょうが、それだけにその言葉の重さを感じていない無防備な姿勢に憤りを覚えます。
言葉の役割はメッセージを伝えることが第一ですが、その言葉の持つ深い思いを伝える、これも大切なことです。医学・医療が進歩する前までは不幸にして末期ガンに罹ると数ヶ月の命でしたが、現在は数ヶ月、あるいは数年間という長い時間、命と向き合わなければなりません。それだけに、医療人は勿論のこと家族あるいは関係者の患者さんに向ける言葉が患者さんの心に大きく影響することになります。
では、患者さんに寄り添うためにはどのような姿勢で、どのような言葉を用いれば良いのでしょうか?
まず第一は聴いてあげること、傾聴です。目的は患者さんの気持を癒してあげることであり、こちらの思いを伝えることではありません。話が終わるまでじっと静かに聴いて、こちらから一方的に話さないことです。患者さんが話されない時には黙って傍にいてあげることです。話を聴いてあげられたら、全部認めてあげることです。「そうですね」とか「言われる通りですね」などのように。患者さんの感情を移入し、共感することです。患者さんにとっては健康な人は一種の敵みたいなものです。「何故、私がこんな病気に罹って、あなたは元気なの?ちょっとおかしいんじゃないの?」という気持が底流にあります。ある末期の患者さんに私が最近罹った病気を告白した途端、患者さんの顔に限りない安堵感を読みとることが出来たものです。これが人間の人間姿なのです。
言葉は書いて字の如く、葉っぱで、散ってしまうほどの軽いものです。しかし、貯まれば生物を養えるほどのエネルギーを持っています。それだけに恩を売りつけるような言葉は禁句といえるでしょう。この事をいつも心に留めて患者さんに接することです。



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