Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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その他

増えるトータルケア、細る支え手 NEW
2011年05月31日

              燦L
         
増えるトータルケア、細る支え手
             山口県立大学学長(理事長)
                      江里 健輔

知人から次のような相談メールがありました。
「私の母親は今88歳で、特別養護老人ホームに入って,5年になります。このまま平穏に過ごせると期待していましたが、最近、食事をしなくなり、だんだん痩せてきて、昔の面影はありません。施設でチューブを鼻から胃の中に入れて、このチューブから食事を入れ、栄養を補給していますが、食事の度にチューブを入れるのも母親に苦痛を強いることになり、それかと云って、ずっと入れておくと肺炎などの原因にもなるし、スタッフも多忙で、なかなか大変なようですから。最近、医師から呼び出され、『このままだと、お母さんは栄養失調になります。注射で栄養を補給する中心静脈栄養法という方法がありますが、お母さんは高齢ですので、これが感染の原因になることもあります。今のうちに対応しなければなりませんが、どうされますか?』と言われ、『では、どんな処置をするのでか?』
と訊ねると、『胃瘻を作ろうと考えています』、『胃瘻?何です。それは』『つまり、胃に穴を開け、そこにチューブを挿入し、それを腹壁から外に出して、そのチューブから栄養を入れるのです。そうすれば、食事の度にチューブを入れる必要もありません。お母さんもずっと楽になります。その上、必要なカロリーが与えられるので、確実に元気になられます』、それでどこの病院で作るのですか?この病院で出来れば、都合がよいのですが、と訊ねましたところ、『この病院は老人福祉施設ですので、医療行為は出来ませんし、設備もありません。ご承諾頂ければ、こちらから病院を紹介しますよ』。このような説明を受け、家族で相談し、母親に胃瘻を受けることを承諾し、ある病院で手術を受けました。手術はなんら合併症を起こすことなく、終わりましたが、元の施設に戻ろうと連絡したところ、『胃瘻を作った人をうちの施設に収容することは出来ません。何故なら、手術前にもお話したように、胃瘻は医療行為ですので、私達の施設で行うことは違反になりますので、今後どこで介護されるかは家族で良く相談して下さい』ということで、母親を収容する施設を紹介して欲しい」
という注文でした。
私は
「あなた方夫婦はまだ若いのですから、自宅で介護してはどうですか?」
と訊ねたところ
「私達は共働きで、子供の教育費がかさむものですから、主人の給料ではとても生計をたてることが出来ないもので、私も働かなくちゃなりませんので、自宅介護はちょっと無理なのです」
とのことでした。幸い、私の知人が長期療養病院を経営していましたので、無理を承知でお願いし、とりあえずは収容して貰える場を確保することができました。いずれはこの病院からも退院を迫られることになるでしょう。
が、このような患者さんは一体どこで気持良く、楽しく最後を迎えさせてあげられるのでしょうか?
団塊世代が80歳になる2025年頃には高齢者が全人口の30%以上になり、早晩、これらの方々の多くは寝たきり、認知症などになられ、第三者の世話にならざるを得ません。ちなみに、寝たきりの原因となる疾患は脳卒中(約30〜50%),老衰(約20%),骨折(約10%)と脳卒中と骨折が寝たきりの原因の約半分を占めています。脳卒中の基礎疾患は高血圧、動脈硬化、糖尿病、高脂血症等の成人病や、骨折の基礎疾患である骨粗鬆などは食生活や運動などの生活習慣を改善することで、ある程度予防ができますが、なかなか容易ではありません。
現在の高齢者に対する医療や介護環境は好ましいものではありません。例えば、介護費は2010年7.9兆円であったものが、2025年には23兆円、医療費はそれぞれ37.5兆円、52.3兆円と大幅な増加が予想され、それに伴い自己負担が増え、65歳以上の人達が支払う介護保険料は現在月平均4160円でありますが、今度の改訂では5200円と試算され、あまりに負担が多すぎると介護保険料の見直しにブレーキがかかっている状態です。一方、ここで紹介した家族のように、介護したいが、仕事があったり、住居が狭かったりといろいろな理由で、自宅介護ができない家庭が多くあり、特別養護老人ホームに入るには6ヶ月以上待たなければなりません。この原因は施設が充分でないこともさることながら、介護職員の確保が難しいことです。各国の「家族介護力」の調査データーによれば、65〜83歳の人口を100とした場合の40〜59歳の女性の人口は2050ではフイリッピン220, 英国100、フランス98、ギリシャ80、日本80と、我が国の「家族介護力」は低く、少子高齢化が進む現在、「家族介護力」が弱まることはあっても、強まることは期待できません。
介護は「汚い」、「きつい」、「厳しい」のいわゆる3Kの代名詞のように言われていますが、それに拍車をかけるように、待遇がその他の職種にくらべ良くないことです。2006年介護労働安定センターが男性介護者1285人を対象に離職理由をアンケートしていますが、@待遇に不満(39%),A職場の人間関係に不満(29%),自分・家庭の事情(20%)と報告しています。このような現状は若者にそのまま投影され、社会福祉への志願者が目減りし、社会福祉学部を要している大學では定員割れを来たし、数年前の順風満帆の勢いがなくなり、孤城落日の感がします。いずれ、トータルケアを必要とする人が増えるにも関わらず、ケアする人が少なくなるという悲しむべき事態になることは必至であります。医療の世界で、1990年代の初頭、お産に関係する医療訴訟が少しずつ増え、このままではいずれ産科医が少なり、いつでも、どこでもお産をすることが出来ない事態になるだろうと危惧していた時がありますが、現状は我々が危惧した通りになりました。いずれ介護の領域でも、丁度、これと同じような事態になるでしょう。要介護者が確実に増えるのですから、財政基盤を強くしておかなければならないことは当然ですが、待遇をはじめ働く環境を整えるなど、介護職員を確保する策を今から講じておかなければなりません。近い将来必ず起こりうるこれらの事態に対し、当局の高い見識に期待したいものです。



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