Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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その他

のんびり、気楽な暮らしで短命 NEW
2011年09月21日

          
のんびり、気楽な暮らしで短命に
           山口県立大学学長
               江里 健輔

こんな先輩がいました。
「俺は絶対血液検査などしない。人間ドックも受けない。神仏が決めた命にただ従うだけ。検査をしてもがき、血液検査の値に振り回される人を見ていて、ほんとに馬鹿じゃないかと思うよ」
その上
「医師に診て貰うのは死ぬ時だけ。死亡診断書は自分がいくら医師であっても、自分で書くわけにはいかんから、これだけは仕方ないじゃろ」
と云って天真爛漫の高笑い。
その先輩はタバコを吸い、アルコールは好きなだけ飲み、魚が嫌いで肉が好き、というような健康に良くないことばかりの生活でした。
「少しぐらい健康に配慮されたら如何ですか?」
とアドバイスしても
「そんなに摂生してどうなるんじゃ。好きなことをし、好きな食事をして、それで天寿を全うすれば、それでよし。いろいろ自分がやりたいことを我慢して、我慢して生きていてもどうもならんじゃろ。気楽な暮らしがいいんじゃ」
でした。
奇妙な考えを持つ人だ、たった一つしかない大切な命を何故、大切にされないのだろうか、馬鹿なのはむしろ先輩じゃないですかと問い返したい、そのような思いでした。
その後、その先輩も大学を退官され滅多に会う機会もなかったが、突然、先輩の所属していた大學より、○○先生の偲ぶ会を催すという案内状が送ってまいりました。その時、始めて、先輩が亡くなられたことを知りました。先輩には生前大変お世話になったし、それより、どのような病気で亡くなられたのだろうか、それを知りたいと思う気持ちも強く、万難を排し、偲ぶ会に出席しました。先輩の交友関係の広さを示すように1500余人の参加者がありました。参加者の間では
「何の病気で亡くなられたの?」
とか
「入院されたとか、手術されたとかいうような情報がなかったので、突然の知らせで驚いたよ」
という会話がしきりに飛び交っていました。
偲ぶ会の最後に、奥さまが
「主人の病気は肝ガンで、75歳で私を残してあの世に旅立ってしまいました。最後まで医師にかかりませんでした。誰にも知らせるな、俺はお前に看取られて死ねば満足だ。」
と云うものですから、本当に誰にも知らせず失礼をしましたと挨拶されました。「肝ガン」と聞いた途端、これまで疑問であった塊が氷解しました。「肝ガン」は外科医の職業病みたいなものです。今でこそ、手術や血液を触る時にはゴム手袋をしますが、昭和42年ごろまでは素手で手術したり、血液に触ったりしていましたので、患者さんが肝炎ウイルスを持っておれば容易に外科医に感染し、肝炎に罹ったものです。当時は肝炎が肝硬変、さらには肝ガンに発展するということははっきり解っていませんでした。先輩は若い頃肝炎に罹られたことがあったそうで、いずれは肝ガンに罹り、寿命が終わるのを覚悟されていて、おのれに課せられた寿命線が明確に描かれていたに違いない。だから、検査したり、手術したりして、寿命線が変わるものでもないし、なるものではない、検査すればするだけ、悩みが増え、それなら、いっそのこと知らぬ方が楽だと悟っておられたのではないかと。しかし、一方ではこのような考えに到達されるには心の中でいろいろな葛藤があったのではないか、けっしてのんびりした、気楽な気持ちではなかったのではないかという思いもあります。
最近、まったく逆説的な論文が発表されました(Medical Tribune 4,1,2000より引用)。カリフォルニア大学 (UCR)心理学のHoward,S.Friedman教授らは1921年ごろ10歳前後であった頭脳明晰な小児1500人以上を生涯にわたり、家族歴と家族関係、教師と親による性格の評価、趣味、ペットの有無、仕事上の成功、学歴、兵役の経験などありとあらゆる事項を追跡しました。
その結果、小児期にもっとも陽気で、ユーモアセンスを持ち合わせている人が、あまり陽気ではなく、冗談を言う性格でない人に比べ、平均的に短命であったとのことです。つまり、用心深く粘り強い人ほど、健康状態がよく、長生きしたということになります。このような結果について陽気な能天気な小児は、その後の人生において身体的、精神的に危険にさらすような行動を取りやすい、楽天的であることは危機的な状況では役に立つが、「なんでもうまくいく」という考えが偏り過ぎると、日常生活でかえって危険を招き、健康や長寿に重要な事柄を軽視しがちであることが原因であろうと結論づけています。このような結論はこれまでの常識を根本的に覆すものですが、さらに興味あることを述べています。
結婚は男性にとってプラスになるかもしれないが、女性にとってはさほど関係ない。堅実な結婚をした男性、すなわち、婚姻生活を長く維持できた男性は70歳まで生きる傾向にあったが、離婚男性で70歳以上まで生きた人は3分の1にもみたなかった。さらに、女性の場合には離婚が健康に及ぼす影響は男性よりはるかに小さいし、離婚し再婚しなかった女性と堅実な結婚を維持した女性の寿命は同じであった。その上、働きすぎず、ストレスを作らないというのは健康と長寿のためにはふさわしくない。もっとも健康で長生きしたのは、仕事に熱心に打ち込んだ者であった。男女とも、のんびり気楽に過ごした人より生産的な生活を維持した人が明らかに長生きしていたと従来の考えを真っ向から否定した報告をしています。
私達の周囲を振り返ってみても、奥さんを亡くされた途端、闘争心が薄れ、覇気がなくなり、家に閉じこもり、数年以内に奥さんの後を追うようにして亡くなった男性が多いのにくらべ、女性は主人を追うようにして亡くなったという話は希であるように思われます。
Friedman教授らのアドバイスは仕事熱心に打ち込んだ者、すなわち、いつまで経っても生き甲斐となる事がある、これが長寿の秘訣ということでしょう。先輩に生き方は、好きなようにし、一見、気楽であったように見えますが、肝炎が辿る道は変えられないという医師であったからの考えであり、一般には勧められません。
ドイツ文学者である故高橋義孝氏は朝起きて食事をし、そのあとどうするかと聞けば、職場に出て仕事をする、その後どうするかと聞けば、家に帰り家族団らんをし、そして就寝する、その後はと聞き続けると、最後に残るのは「死」である。そう考えるとは、人生と問われれば「今の時の過ごし方」であると述べています。「今」というこの時を如何に活動的に生きるかが健康寿命を長くし、有意義な人生を持つことになるのでしょう。





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