Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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癒やしのそよ風(ほうふ日報)

生きて行く希望が欲しい NEW
2011年11月17日

       
生きて行く希望が欲しい
      

福島市に所用で行きました。震災の傷跡は福島市街ではほとんど見られませんでしたが、どことなくしずまりかえり、息をひそめて暮らしておられるようでした。毎年宿泊するホテルのロビー、売店も薄暗く、いつものような華やいだ雰囲気がありません。
夕方に開催された情報交換会で、ホテルの従業員が深刻な話をしてくれました。
「大震災の事はあまり話したくありません。言葉になりません。マスメデイアの方達はちょっと来て、絵になりそうなところだけ写真に切り取ってさっと帰られます。それが彼らの仕事でしょうが、この地に長く住み、これからも住んでいかなければならない私たちはそうはいきません。震災後6ヶ月過ぎ、全国からの義援金、政府からの保障金など、金銭的にはあまり不自由していません。と言っても十分、満足しているわけではありません。しかし、なんとなく憂鬱なのです。気分が滅入り、生きたいという気力がわかないんです。そのため、日中はパチンコ、夜は酒で、一日が終わる、そのような生活をしている人達が多いのです。物を作っても、福島産というだけで、敬遠され、買い渋りされます。ボランテイアで沢山の方々が訪ねてこられます。それはそれで嬉しいですよ。でも、何も買っては貰えません。田地や果樹園を持っている人達にとってはお米や果樹を作り、それを買って貰うのが生き甲斐なのです。お客さん、折角、来られたので、リンゴでも何でもいいから、是非、買って帰って下さい。私達にとってはその方が義援金を頂くよりはるかに嬉しい支援なのです」

末期ガンの患者さんに残された時間を幸せに過ごして貰うには最後まで「生き甲斐」を提供することです。「手術も出来ません、抗がん剤も効きません、放射線治療も意味がありません。もうどんな治療も無駄です。お望みなら緩和医療の病院を紹介してあげましょうか」
と持ちかけられても、
「あっ、そうですか」
と納得することは出来ません。完全なものでなくても、生き甲斐があった時に初めて満足感が得られます。
今、私達が東日本大震災に遭われた人達にしてあげることは生きる「希望」を持ってもらうような支援をすることです。福島産と銘打った製品であれば、積極的に買ってあげたい、そう思い、美味しいリンゴを沢山買って、福島を後にしました。
精神医学者で思想家のV.E.フランクルは
「人は相当の苦悩には耐える力を持っているが、希望の喪失には耐えられない、絶望的になる」
と述べています。
人生が幸せであったかどうかは最後に残るものは物質ではなく、心の豊かさであり、それは生きる「希望」があるかどうかであります。



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