Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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その他

看板に偽りありー外科医への思いー NEW
2012年01月21日

             「燦」

               (平成24年1月号)

               「看板に偽りあり」
               -外科医への思いー
               山口県立大学学長
                    江里 健輔
ある研修医から
「学長、僕は循環器内科専門医になるのが夢だったんです。しかし、今、やめようかと思っています」
「どうしたん、あれほど、循環器を専門にしたい、『生と死』がこれほど凝集された領域はない、と言っていたのに」
「そうなんですが・・・、数日前に解離性大動脈瘤の患者さんを診察する機会があったんです。最初、研修医の僕が診察したのですが、激しい胸痛みが突然出て、直ぐなくなったという訴えだったものですから、てっきり心筋梗塞だと思って、上医に報告したんです。その先生も『そうだろうな、心電図では明らかな所見がないけど。まあ、症状も落ち着いているので、入院して貰い、もう少し経過を見よう。それからでも遅くないだろうから』と言われたので、そのまま、入院して貰いました。ところが4時間後に、前より激しい胸の痛みと背部痛が出て、患者さんは七転八倒です。ひょっとしたら、解離性胸部大動脈瘤じゃないかと初めて気付き、CT検査をしたら、やはりそうでした。緊急手術が必要と心臓外科医に連絡しましたが、『一人が休んでいるので、対応出来ない。他の病院へ紹介してよ』と言われ、他院に搬送することになりました。患者さんの血圧は下がるし、意識ももうろうとし、救急車の中で心停止にならなければ良いがと気がきではありません。その間、長男さんが『何故、こうなるまで、ほったらかしにしていたんだ。これで親父が死んだら、許さんからな。親父を殺したのはお前だから』と叱責され続け、患者さんのことが気になるし、家族からは文句を言われ、ほんと、針の筵に座っているような気持ちでした。その病院の心臓外科医はちょっと診察しただけで、全身状態が悪いということで、手術して貰えず、数時間後には鬼籍となりました。その後、患者さんの家族から連絡はありませんが、私は多分訴えられるでしょう。二度とあのような経験はしたくありません。もっと楽な、『生と死』にあまり関係ない診療科を専門にしようかなと思っています」
心臓血管外科を専門にしていた私には、この研修医のような話しは他人事ではありません「そうか、でも君は研修医だから責任を感じることはないと思うよ」
としか言葉が出ませんでした。この研修医の話のように、循環器疾患や私の専門領域である心臓血管外科の疾患には様子を見るということがあまり出来ないものが多く、即決即断を迫られる事が多々あります。外科医が患者さんの術後管理のため、病院に寝泊まりするのは当たり前で、家内が弁当と着替えを病院に持ってきてくれるという生活でしたので、家庭の犠牲の上で成り立っている業務だなと思っていました。しかし、苦しんでいる患者さんを助けるという誇りが仕事を継続する力でした。
心臓血管外科医は「きつい」、「汚い」、「厳しい」の三つのKの代名詞のようなものです。
最近、若者の『外科離れ』が進み、そのうち手術を受けようにも受けられないという状態が来るのではないかと日本外科学会関係者は憂いています。
最近は外科手術例数が減ってきています。この理由は医学・医療の進歩で従来は外科手術しか治す手だてがなかった病気が内科治療で治すことが出来るようになったからです。例えば、胃・十に指腸潰瘍出血です。今やこの病気で胃切除を行うことはほとんどありません。このように外科疾患が減少することは大変喜ばしいことですが、需要以上に外科医が減っていればそれは由々しきことです。一人の外科医を養成するには10年かかります。その点、他の領域とは大きくことなります。従って、外科不足となってからでは間にあいません。平成8年の医師数は23万297人でしたが、平成18年には26万3,540人と15%増えています。それなのに、外科系医(外科、心血管外科、呼吸器外科、小児外科)は約8%減の2万6075人(平成8年2万8,345人)です。外科医の中でも、29歳以下の若年医師数に限ってみると、16年の外科医師数は2184人で、8年の調査に比べて1000人以上減少し、数字に上でも、若手の『外科離れ』が目立っています(厚労省の調査による)。今の外科手術は40〜50歳代の外科医でかろうじて維持されていると申しても過言ではありません。
問題は外科医の標榜を掲げながら手術をしない、出来ない外科医が増えていることです。すなわち、素晴らしい外科手術技能をもちなから、いろいろな理由で診療所を開かれた先生が多く、この人達が手術されることはまずないでしょう。所謂、「看板に偽りあり」で、国家レベルで考えるならば、貴重な医療資源がゴミのように捨てられているような状態です。診療所の外科医が手術されなくなった理由は@採算が合わないこと、A医療訴訟が増えたことです。手術は一人では出来ません。昭和40年頃は一人の外科医が麻酔をかけ、看護師さんに監視させ、別の看護師さんを前立ちにして、手術が行われていました。しかし、今やこのような状況で手術することは患者無視、儲け主義、更には医療法違反とされ、許されることではありません。まして、医療ミスでも起ころうものなら、訴えられ、僅か数十万円の収入を得ようとして、何千万円を支払うはめになりかねません。ですから、開業外科医には傷口の治療などを行うのが精一杯で、高度な外科技術は無用の長物になっています。そのため、外科手術が公的大病院に集中し、勤務外科医を益々多忙にさせ、疲弊させています。

では解決法があるのでしょうか?

公的病院の勤務医報酬は業務量に関係ありません。忙しくても、忙しくなくても、報酬は同じです。深夜まで手術しても、家庭でゆっくり休息していても、報酬は同じです。数年前、中国青島大学附属病院長と会う機会があり、このような話をすると、「まるで、共産主義みたですなあー」と言われた時、私は「ちょっと待って、共産主義はお宅の國ではないですか?」と思わず発しました。中国では、業務に応じて報酬が支払われるようになっているそうです。真偽はともかく、これでは若者の『外科離れ』は当然です。
第二番目は医療ミスに対する正当な制度の確立(例えば、第三者機関による事故調査委員会のような)です。多くの外科医は明らかな医療ミスには虚心坦懐に受け入れます。しかし、受け入れ難い訴訟が、つまり、「精神的期待感が裏切られた」、「言葉使いが信頼を喪失させた」、「息子が苦しんでいるのに、24時間対応して貰えなかった。誠意がない」など、本来の業務とは直接関係ないことで訴えられることが多くあります。この場合、勝訴であろうが、敗訴であろうかが、外科医に与える精神的ストレスには筆舌難いものがあります。これでは、外科医としてのモチベーションを維持あるいは高めることは出来ません。当然です。私も外科を辞め、他の診療科へ転身した医師を沢山知っています。いくら多忙でも、これらのことが改善され、確保されれば、気持ちよく業務に専心でき、未来ある若者に外科医になれ、と勧めることも出来るでしょう。しかし、今の状態では「外科医、特に心臓血管外科医になるのだけは止めときな」と言ってしまいます。嘆かわしいことですが、これが今の現実なのです。




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