Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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癒やしのそよ風(ほうふ日報)

陸前高田市長さんの話 NEW
2012年10月25日

防府日報、2012,10,25

陸前高田市長さんの話


東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県陸前高田市の市長さんである戸羽 太氏の講演が去る10月10日、山口県立大学桜圃会館(新講堂)でありました。聴衆でふくれあがった会場で、思いを真摯に語られました。感銘をうけた話しの骨子を是非とも防府市民の方々に紹介したいと思い、記憶をたどりながらしたためました。

この震災は千年に一度という想像を絶するもので、住民はそれをしっかりと受けとめて、震災復興に汗を流し、新しい街づくりに夢を馳せています。しかし、政府当局の施策はいずれも平常時のもので、この政府の対応のまずさが、我々、住民の不満と不安に繋がっています。当局には千年に一度という非常時の思いがありません。例えば、「災害復興支援」とは破壊された建物があった場所に破壊された建物と同じものを建てることが復興支援であり、別の場所に建て替えるのは復興ではないと。しかし、被災者からすれば、津波で破壊された建物を再び津波で破壊される場所に建てることは許し難く、高台に建てたいと申し出ても「災害復興支援」の主旨にそぐわないとして認めて貰えないのです。現地に足を運ばないで、机上で作ったプランが如何に砂上の楼閣であるか、今や被災者は政府を全く信用しなくなっています。
一方、政府は現地で解決が出来る現実的な業務まで事細かく指示し、財政支援金を使う用途まで限定されて交付されるので、それぞれの地域で見合ったように活用出来ません。政府の最もやるべき事は外交と国防で、これを着実に、しっかりとして、国民の安心・安全を確保してくれることです。一番大事な時に一番無能な政治がなされ、言葉では表現できない情けない辛い災害復興支援をせまられているのです。
最後に家族の話になって、最愛の妻を守ってやることが出来ず、亡くしてしまったことに断腸の思いが日を追う度に増していますとのことです。市長さんが32歳、妻が25歳の時、「俺はお前を全知全能をかけて守ってやる。幸せにしてやる」と誓って結婚し、幸い、男の子が二人授かり、中学生と小学生に成長し、妻にとっては幸せの絶頂期にあったのですが、突然、数分間で戻らぬ人となってしまいました。数日後、全身が真っ黒で、妻と信じるにはあまりに変わり果てた姿で発見されました。とてもそのままでは子供に接見させることが出来ず、全身を懸命にふき清め、きれいな姿にして会わせ、子供の心には「お母さんは最後まで綺麗であった」という印象を植え付けることが出来たと安堵していると。それにしても、許せないのが、津波で壊れ果てた残骸の建物をそのまま残し、永久保存し、震災が風化しないようにすべきだという意見が強いのです。市長さんを始め、家族を失った被災者達の多くの人達にとっては、残骸の建物には悲しみ、辛さのみが漂っています。その建物を残せとは被災者の気持ちを逆なでし、震災というトラウマからいつまでも逃げることが出来ません。知識人と称する人達はどうして、被災者の気持ちを踏みにじることを平気で、しかも、正義のつもりで口にするのでしょうか。私、戸羽が市長である限りは、このようなものはいっさい残さないつもりです。ただ、例外は「奇跡の一本松」。亡くなった妻が、奇跡でもいい、夢でもいい、子供の前に現れて欲しい。それを託したい思いなのです。
「現地に赴かないで、現地のことを語るなかれ」、そのように強く感じた市長さんの講演でした。




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