Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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その他

現実を見据えた機能別病床の確保を NEW
2013年07月19日

日本時事評論(2013,7,19)  
現実を見据えた機能別病床の確保を
      山口県立大学学長(理事長)
              江里 健輔
知人からの相談です。
「私の母は82歳で、認知症もあり、近くの介護老人福祉施設に入所して、世話を受けています。本来ならば、娘の私が自宅で介護すべきでしょうが、主人も私も仕事で、平日は家を空けますので、母親を看取ることが出来ません。母も自宅に帰りたい、帰りたいと懇願しますが、仏壇に供えた物や冷蔵庫のあるものは片っ端から、口にするものですから、一時も目が離せません。母には申し訳ないと思っています。ところが、先日、誤嚥し、発熱し、ひどい咳・痰が頻回に出て、医師に肺炎で、自分で痰を出す力がないので、喉をきらなければ、寿命は保証出来ない、どうしますか、と言われて、このまま、母を見過ごすのも可哀想で、喉を切るために、急性期病院に転院しました。経過は良好で、肺炎もなくなり、3週間ぐらいで元気になりました。しかし、この先、誤嚥の可能性があるので、気管切開口は閉じないで、そのままにしておきましょう、と言われました。声を出すことも、会話も思うように出来ませんので、可哀相だと思いましたが、お医者さんの言われることですので、それも仕方ないかなーと納得しました。ところが、この話が終わった途端、担当医から驚くような言葉が発せられ、困惑してしまいました。担当医が言われるには『症状も治まっている。この病院に入院される必要はありません。この病院は急性期療養型病院ですので、退院して貰わないと急いで治療をしなければならない待機患者さんを入院させてあげることが出来ないのです。紹介状を書きますので、施設、例えば、介護老人保健施設、あるいは,介護療養型医療施設のようなところを探してください』でした。本当に困ってしまい、前に母が世話になっていた施設に再入所させて貰えないかと問い合わせましたところ、『気管切開されたままでは、施設ではその処置が出来ないので、引き受けることは出来ません』と冷たい返事でした。どうしたら良いでしょう」
かということでした。幸い、私の友人が介護療養型医療施設を経営していたので、無理を承知でお願いし、事なきを得ました。
2010年6月の報道では、特別養護老人ホームの入居待ち者は42万1259人とのことです(読売新聞、2010,6,1)。この数はこの数年間増え続けると推測されています。国立社会保障・人口問題研究所が3月に公表した「日本の地域別将来推計人口」によれば、2040年には人口が今より約2000万人少ない1億7000万人となり、65歳以上の高齢化率は2012年24.1%であったものが、2040には36.1%にまで高くなるとのことです。秋田、青森など地方が顕著ですが、これを人口数でみれば、秋田県は1万5000人と減るように、地方は減少あるいは頭打ちで移行するが、東京都(144万人)、神奈川県(109万人)、埼玉県(73万人)は大幅に増加すると推測されています。
一方、年間死亡者数は2008年約114万人であるが、2040年には160万人となり、約50万人増加します(読売新聞、2009,11,3)。これより、介護・医療のサービスを受けざるを得ない者は50万人の数倍に当たる150万余人になると考えられます。多くの高齢者は、最後は自宅で終えたいと願っている人が多いのですが、2008年の死亡者は医療機関(92万7000人)、老人施設(4万5000人)、自宅(14万5000人)、その他(2万7000人)で亡くなっており、圧倒的に病院機関が多いのが現実です。このような人口動態の変化で、高齢者を世話する施設が不足することは火をみるより明らかです。
政府は医療費抑制を見え隠れさせながら、在宅療養を推進しています。そのため、平成24年度には高齢者の尊厳保持と自立支援という介護保険の基本理念を一層推進するために 1.2%増の介護報酬改定を行っています。しかし、在宅療養を勧めてもここで紹介した家族のように介護したいが、仕事があったり住居が狭かったりいろいろな理由で自宅介護ができない家庭も多く、また、独り暮らし高齢者が2025年には75歳以上約450万人、65〜74歳270万人、2035年にはそれぞれ470万人、300万人と推測されるように、独り暮らし高齢者も年々増えています。それなのの、高齢者を介護する職員が確保されにくいことです。例えば、各国の「家族介護力」の調査データによれば、65〜83歳の人口を100とした場合、40〜59歳の女性の人口は2005ではフイリッピン220, 英国100, フランス98, ギリシャ80, 日本80と、我が国の「家族介護力」は低く、少子高齢化が進む現在、「家族介護力」が弱まることはあっても、強まることは期待できません(山口新聞,2006,10,17)。その上、2006年に行われた男性介護士1285人を対象とした介護労働安定センターのアンケートによれば、離職理由として@待遇に不満(39%),職場の人間関係(29%),自分および家庭の事情(20%)と報告されているように、離職者が他の職種に比べ多いことです。介護は「汚い」、「きつい」、「厳しい」のいわゆる3Kの代名詞と揶揄されるように、この領域への若者の志願者が減少し、社会福祉学部を有している大学では定員割れをきたし、数年前の順風満帆の勢いはなくなっています。このようにトータルケアを必要とする人は増える一方なのに、それに見合う介護・福祉士が不足というという所謂「介護難民」を生み出す悲しむべき事態を迎えようとしています。
多くの高齢者は,最後は自宅を希望していますが、24時間看てくれる家族がいない、子供に迷惑をかけたくない、介護出来るような住宅ではないなどの理由で、満足出来る環境に達していません。2009年、政府首脳陣であった麻生元首相は「四世代同居していたので、介護の大変さは理解している。方向性としては舛添大臣が正しい」、舛添元厚労相は「母親の介護で苦労した。介護はプロに、家族は愛情のみ」と、与謝野元財務相は「子供に面倒をみて貰えるとは思っていない。女房には迷惑をかけられない。入れる施設が在れば利用したい、と暗に最後は施設でということをほのめかしています。
このように考えると、今後の課題は、時代錯誤も甚だしい急性期療養施設の増設ではなく、
独居高齢者の見守りなどを支援するために、病院、施設の機能別分化を推進し、公共団体などの機関による施設の拡充を急がなければなりません。




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