Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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風のとき(宇部日報)

何故、「おはよう」が言えないのか? NEW
2013年11月12日

宇部日報(2013,11,12)

      何故、「おはよう」が言えないのか?
       山口県立大学学長・理事長
江里 健輔

人にはそれぞれ一つや二つぐらい自慢するものがあります。私のような凡人にはとりたてて云うほどの自慢はありませんが、あえて云えば、「早朝歩行」です。
大体、朝、四時に起床し、四時半に家を出て、約1時間歩行します。これが不思議に14年間続いています。思い立ったきっかけは山口大学医学部付属病院長を拝命した頃から、やたらに会議が増え、その度に砂糖入りコーヒーを飲み、あっという間に糖尿病予備軍の一人になりました。担当医が「薬を飲んだ方がよいでしょう」と進言してくれましたが、58歳の年齢で、糖尿病治療薬を飲み始めると一生涯止められない、それより、生活習慣を変えて血糖値をコントロールするのが第一だと決心したのが始まりです。それ以来、雨が降ろうが、台風が来ようが、寒かろうが、暑かろうが、出張以外は休んだことはりません。
早朝歩行で、いろいろなことを経験するようになりました。中でも「おはようございます」という挨拶です。真夏でも四時半はまだ薄暗い、ましてや、11月の今時分は真っ暗で、歩行する人の顔など判別できません。
「おはようございます」と挨拶すると、女性の方は必ず「おはようございます」と即座に返ってきます。これが男性となると、挨拶が返って来ません。聞こえたのか聞こえなかったのか判りませんが、知らない人に、それもこんなに早くから、「おはようございます」と何故、挨拶しなきゃいけないのだ、という風だけが伝わってきます。
司馬遼太郎の「峠上」の中に
「『志』は塩のように溶けやすい。男子の生涯の苦渋というものはその『志』の高さをいかにまもりぬくかというところにあり、それをまもりぬく工夫は日常茶飯の自己規律にある、と言う。箸のあげおろし、物の言い方、人とのつきあいかた、すべてがその『志』をまもるがための工夫によってつらぬかれておらねばならぬ」(著者一部改変)とある。「おはようございます」という簡単な挨拶さえ出来ない、しないことは自己規律がない、「志」が塩のように溶けてしまったということなのでしょうか?
ある市長さんが就任して、第一に始められたことは早朝の挨拶であったということを聞きました。市長さんにはスタッフの「志」が溶けていると映って、市を改革するには、まず、日常茶飯時の自己規律を高めることが必要と思われたのでしょう。
何時でも、何処でも、知らない人にも挨拶する作法を身につけたいものです。そこから、気高い「志」が必ず生まれてくるのではないでしょか?




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