Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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癒やしのそよ風(ほうふ日報)

ガンと闘えーガン鬼を体から追い出せ(9) NEW
2014年01月17日

防府日報(2014,01,11)
ガンと闘えーガン鬼を体から追い出せ(9)
山口県立大学学長・理事長
             江里 健輔

18:00ごろ、担当医が病室に現れ、
「遅くなりました。今日の手術は早く終わったのですが、ばたばたし、つい。明日、手術させて貰います。学長は外科医ですので、説明するまでもないでしょうが、何か質問がありますか?」
まさか血管を間違って切らないように、とは言えず、
「特にないですが、出血量はどの位ですか?」
と、たわいのない質問を。
「そうですね。早期ガンですから、リンパ節の廓清もそれほど難しくありません。まあー、300mlぐらいでしょうか?輸血の必要はないと思っていますので、準備していません。ただ、こればっかりは予想が立ちませんからね」
確かに、手術は不確実な世界だから、明言できないのはよく判る。しかし、患者の立場からすれば、分かりませんと言われれば、不安が募るだけである。嘘でもいいから、はっきり言って欲しいと願うのだが、担当医としては、逃げ場を繕っておくことが必要なのは、医師である私にはよく判る。
どうも医療の世界は「・・・と思います」とか「大丈夫でしょうよ」とか曖昧模糊とした言葉が多すぎる。看護師さんが「ちょっと待っててね」と言われるが、「ちょっと」とはどれくらいの時間だろうか?30分なのか、2時間なのかはっきりしない。嘘でもいいから5時間待っててね、と言って貰った方が待つ身の立場からすれば、楽である。
「学長にこのような書類にサインをして頂くのは恐縮ですが、これも病院の決まりですから」
と,手術承諾書、輸血承諾書、麻酔承諾書、入院承諾書、身元引き受け人確認書、医療費支払い保証人などなど覚えきれない書類にサインを求められた。特に、「予期せぬことが発生した場合も文句は申しません、納得して治療を受けます」という承諾書には、長い間、そのような行為を患者に求めてきた私でさえも割り切れぬ感情を抑えることが難しかった。患者中心の医療と言えば,聞こえは良いが、所詮、医療側の抜け道に過ぎないじゃないか、と。
私の若い頃は、型どおりの説明をし、
「よろしゅうございますか?」
「先生を信頼していますから、好きなように治療して下さい。よろしくお願い申しあげます」
と言うだけで、患者と医師との間にゆるぎない信頼関係があった。それが、どうだろう、最初から、貴方は医師を信頼していないでしょう。だから、契約しておくのですよと言わんばかりある。いよいよ手術だ、明日(あす)の今頃は痛い、痛いと、うめいているだろうなあーと時間が遠慮なく過ぎて、黙然と。



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