Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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風のとき(宇部日報)

肩書き          NEW
2015年02月28日

宇部日報(2015,2,28)        
肩書き
         山口県立大学理事長
江里 健輔

宮本武蔵が剣豪の一人であったことはご承知と思います。彼は、勝負に負けたことは生涯一度もないと言い伝えられています。
映画などで、武士が一戦を交える時には、
必ず、己の出生地から始まり、これまでの武歴を延々と口上する場面を目にします。なんとも呑気な、まどろっこいことだと思っていましたが、これは、口上を聞きながら、相手を品定めしている一種のセレモニーで、口上を聞いて、とても戦う相手ではないと判断したら、その場で戦うことを止めていたそうです。宮本武蔵が生涯負けたことがないのは案外、強い人とは一戦を交えなかったからかもしれません。
現在では、初対面の人とは必ず名刺交換をしま。名刺には必ず肩書きが付けてありますので、相手の身分、立場を品定めすることができます。従って、名刺交換は、相手を知ることが業務を円滑に運ぶための一つの手段で、時と場所を考えて交換しなければなりません。
私が数年前に経験したことです。
私達の住んでいる地域を私達の手で清掃しようということで、有志が集まり、出来るだけ多くの参加者を募る目的で、それぞれの区班長にお願いし、賛同の可否を回覧して頂きました。数日後、ある人から「このような一部の人達の自発的な行為を区班長にお願いし、配布するとは何事か、自分達で配布すべきだ」、という猛反対の意見書が届きました。いろいろな意見があることは想定内のことで特に問題ではありませんが、驚いたことはその意見書の名前に「○○大学教授」という肩書きが付けてあることでした。この人は肩書きを付けることで、自分の意見に権威がつくと考えられたのでしょうか?あるいは、当人が教授であることを誇示したかったのでしょうか?地域のコミュニテイーは、同じ地域に住んでいる人達で構成されており、そこには、年齢、職業、地位などは全く関係ありません。それなのに、肩書きの意見書を提出するなど全くのお門違いです。
「父親的温情主義、パターナリズム」という言葉があります。これは当人の意志に関係なく、当人の利益のため、当人に代わって意思決定をすることです。例えば、塾に行くのをいやがる子どもをこれは将来の為だからと親の勝手な判断で、むりやり塾につれて行き、勉強させるのは、パターナリステイックな行動と言えます(良否はともかく)。この場合、子供には自己決定権がなく、親が勝手に子供の利益と考えて代理で勝手に決めていることになります。
上記の反対者は肩書きを知らせることは、己の意見が権利づけられると判断されたのでしょう。これこそ、「教授」という肩書きにパターナリズムがあると認識されていたに違いありません。
地域の人達は「常識のない人、これだから、先生と名の付く人は扱い難(にく)い」と失笑しました。
肩書きを紹介する場合はその場にふさわしい形ですべきで、ただ、自己を誇示するために、肩書きを示すことは人格失格に繋がりかねません。



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