Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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高齢社会とプライバシー NEW
2015年03月20日

雄飛(2015,03,20)
      高齢社会とプライバシー
         山口県立大学理事長
                            江里 健輔

コンピュータの普及により、クリックさえすれば個人情報が収集され、第三者に容易に把握されるようになりました。これにより、プライバシーが侵されることが多くなってきています。
プライバシー情報とは個人の私生活に関し、公になっておらず、公開を望まない内容を指し、個人の尊厳を保つ上で、非常に重要であります。しかし、過剰なプライバシー情報の保護が生活面で大きな支障となる場合があります。
あるお婆ちゃんが、脈が乱れるということで、病院に定期的に通っておられましたが、ある時から、病院にプツンと姿を見せられなくなりました。担当医が、お婆ちゃんの自宅に電話しましたが、全く反応がないので、どうしたものかと、相談を持ちかけられました。隣の人に頼んで、訪問し、様子を伺うことも考えられたが、お婆ちゃんの隣近所の方との関係、更に、家族構成などプライバシー情報が分かりませんので、対応に難渋しました。最終的には近くの駐在所のお巡りさんに頼んで、事なきを得ました。
高齢化社会(高齢者の住民の割合が全住民の7%以上)、高齢社会(高齢者の住民の割合が全住民の14%以上)、超高齢社会(高齢者の住民の割合が全住民の21%以上)になるにつれて、隣近所との付き合いをしない、出来ない独居老人が増え、孤独死される方が稀ではなくなりました。
私が幼少時代に過ごした田舎では「死講」という、今で言う、家族間のネットワークがありました。これは複数の家庭(通常、10家庭ぐらい)が1つのグループを作り、それぞれの家庭に急病の方が出たり、冠婚葬祭などがある場合には、お互いが助け合う組織です。したがって、それぞれの家族間を大人も子供も往き来し、家族間の堺がありませんでした。そのような訳で、「死講」の関係にある家庭同士では、どのような些細なことでも情報を共有することが出来ていました。多分、この時代は各家庭に電話もなく、直接出会って、会話を交流することが唯一の情報交換の手段でしたので、このような仕組みができ、生きるための生活の知恵であったようです。
現在にように、コンピュータ時代になりますと、顔を合わせなくても、情報交換が容易に出来るようになり、それに伴い、その弊害も生じてきました。個人情報、プライバシー情報の取り扱いが厳しくなると、第三者には拘わりたくないという傾向が強まり、隣にどんな人が住み、何をされているか知ろうとしないあるいは分からなくなってしまい、例え、不幸が生じても分からないまま、数日が過ぎるという事態が多く発生するようになりました。
もともと、人間は虎にように一頭では生きていけるのではなく、群居しなければ生きてゆけない動物です。群居するにはお互いがにらみ合い、食い合っては生けていけないので、種を保存するために、道徳、即ち、契約というものが必要となってきたわけです。過度な個人情報、プライバシー情報は人間の本能である協働をますます阻むことになりかねません。高齢化社会、高齢社会、超高齢社会になるにつれて、お互いの情報を共有しない限り、弧族死がますます増え、やがて、人間不信の集合体社会になりかねません。昔の人達が設けた生活の知恵である「死講」、すなわち、家族間相互扶助制度というような制度を復活させたいものです。



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