Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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癒やしのそよ風(ほうふ日報)

老年的超越    NEW
2015年07月25日

防府日報(2015,07,25)      
            老年的超越         
             山口県立大学理事長
                     江里 健輔

高齢化率が問題になっています。65歳以上が高齢者で、「高齢化社会」とは高齢者が総人口の7%以上、「高齢社会」14%以上、「超高齢社会」21%以上と定義されています。高齢者になりますと、バス代金、航空機代金など、いろいろなサポートがあります。このサポートを受ける度に「ああ、年寄りの仲間か」と嬉しいようでもあり、寂しいようでもあり、思いは多種多様です。私が大学を卒業して、丁度、50年過ぎ、久しぶりに同級会を持ちました。気持ちは若いですが、姿、形は立派な高齢者です。話題の中心は、誰々が入院したとか、ぼけでしまったとか、足が痛い、腰が痛い、聴力・視力が低下したとか、医師であるにも拘わらず、健康の話しばかりです。
小説家の茨木のり子さんが次のようなことを書いておられます。
祖母に
「あなたがいちばん幸せだったのはいつですか?」
と訊ねたところ
「火鉢のまわりに子供たちを座らせて、かき餅を焼いてやったとき・・・・」
と即座に答えられたそうです。
この話を私の孫に話して聞かせたら、孫から「火鉢って何?」、「かき餅って何?」と尋ねられ、思わず絶句。随分長く生きてきたなあ、と喉が乾くような焦燥感を覚えた。
確かに、歳を経るにつれて、立派な家に住みたいとか、あれが欲しい、これが欲しいというような物質的見方より、神秘的、超越的な見方に移り変わるようなります。茨木のり子の祖母さんのように、取るに足らないようなちっぽけな日常茶飯事に幸せを感じるのも納得できます。
この心の移りをラルス・トルンスタム(スウエーデン社会学者)は
「老年的超越」
と呼んでいます。
彼は、
「年寄りになるにつれて身体機能が衰え、若い人達と充分にコミュニケーション出来なくなるが、残された時間が短くなると、気持ちを安定させる内的方向にエネルギーを使うように働き、楽しいことだけに目を向けようとする心の変化が起き、辛い現実をうけいれようとする」と述べています。
確かに、高齢者の方々はよく笑われます。これは、周囲によく思われたいという欲求がなくなり、何事も自然まかせ(=無為自然)、若い頃の自己中心性、自尊心が薄れ、幸せと思う機会が増え、それが姿、形に表れるのでしょう。
心だけは真の高齢者になりたいものです。



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