Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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医師のモラルと死亡診断書 NEW
2016年02月20日

鴻輝新報(2016,02,20)
  医師のモラルと死亡診断書
       山口県立大学理事長
             江里 健輔

友人が興奮して私に話してくれました。
「お前は医者だろう。今の医者はどうなっているんだ?特別養護老人ホームに厄介になっていた父が午前2:00ごろ心筋梗塞で突然亡くなった。すぐ、家につれて帰ってゆっくりさせてやりたい」
と看護師に申しこんだ。
看護師の返事は、
「この施設には医師は常勤していませんので、すぐには死亡診断書を発行出来ません。今、連絡したところ、先生は8;00頃来られるそうです。それから診察し、死亡診断書を作成されます。死亡診断書がなければ、屍体を動かすことはできません。そのような訳で、すみませんが、先生が来られる朝まで待ってくださいませんか?」
「でも父は死んだのでしょう」
と言うと、看護師は
「いいえ、今は心肺停止の状態です。死は医師が診断し、確認されるものです」
ということで
「8:30頃死亡診断書を作成して貰って、ようやく家につれて帰ることができたんだ。全くしらけた話だよ。今ごろの医者は患者が亡くなっても直ちに駆けつけようとはしないんかね?」

在宅医療や特別養護老人施設のような施設が多くなるにつれて、死亡確認、それに伴う死亡診断書交付が問題になっています。理由は医師が常勤していないか直ちに対応してくれる医師がいないからです。そこで、政府はこれらをスムーズにするために医師が行う死亡確認を看護師が出来る制度設定を検討始めました。現在、医師が診察してから24時間以内に死亡した場合、現場から看護師が医師に死亡を伝えることで,医師は診察することなく死亡診断書を交付出来ますが、24時間を超えると改めて診察しなければ死亡診断書を交付出来ません。そのため、自宅あるいは施設で深夜などに死亡された場合、様々な弊害が生じています。
日本看護協会は、看護師が死亡診断書を交付する条件として
@ 患者や家族と事前の取り決めがある
A 終末期と判断された後の死亡
B 医師の速やかな死亡診断が困難
などを挙げています(朝日新聞、2015,10,24)。これらの条件の中で理解に苦しむのはBです。離島などの無医地区を想定した制度設定であればやむを得ませんが、拡大解釈され、いろいろな弊害が生じることが予想されます。例えば、食道外科医で世界的に有名であった故中山恒明氏は診断書の作成時間と死亡時間にズレがあったことで大問題になったことがあります。それほど死亡時間、死因(直接あるいは間接)などを記載する死亡診断書には重要な意義が含まれています。そのような業務を如何なる理由があるにせよ、医師以外の医療人に委ねることは正当ではありません。穿った見方をすれば、深夜に快く死亡を確認してくれる医師がいない、あるいはお願い出来ないという些細な理由で看護師任せにしようとしているしか考えられません。

社会は複雑化し、虐待死や変死が増加しつつある現在、死を的確に診断することは必ずしも容易ではなく、また、尊厳な死を確認することは医師のみに委ねられた専権事項です。それを他に委ねることは医師という職種を放棄したと言わざるを得ません。特殊な例を除き、如何なる事情があれ、死亡確認を求められた場合、万難を排し、それに応える事が品格を求められる医師としての誇りではないでしょうか?



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