Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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癒やしのそよ風(ほうふ日報)

人口減少に伴う医療問題(10) 〜無理な手術をするな!〜
2016年11月03日

ほうふ日報(2016,11,24)
      人口減少に伴う医療問題(10)
      〜無理な手術をするな!〜
               山口県立大学理事長
                    江里 健輔

「教授、急患です。しかし、手術すべきかどうかの判断に苦慮しています。どうしましょうか?」
「患者さんの状態は?」
「75歳の男性で、腹部大動脈瘤破裂です。収縮期血圧50mmHgで、ショック状態です。意識はありますが、無尿です。手術するとなりますと、一か八かになりますが・・・」
「そんなに状態が悪いんだったら手術は無謀だな。輸血するしか方法はないだろう」
「分かりました。このまま輸血して、経過をみます。まあ、保存的治療で、救い得る可能性はゼロですが・・・、時間の問題でしょう」
現在、医療現場ではこのような会話が臆面もなくなされています。この「手術せず」の判断は問題ないようですが、ちょっと待てよ、と言いたくなります。昭和50年ごろは、患者さんを救う治療が手術しかない場合には、例え、手術成功率が30%以下でも、患者さんや家族の了解を得て、果敢に手術していました。しかし、訴訟が通例化した現在では、外科医はまず予定手術の成否に拘わらず、訴訟に耐え得るかどうかを考えます。したがって、上記のような状態では、手術成功率が極めて低いので、一歩前に踏みだそうとはしません。理由は手術が成功しなかった場合に受ける「負」の遺産、つまり、「訴訟」を考えるからです。
即ち、訴訟になれば
@ ショック状態の患者さんなのに、手術をしたことは無謀ではないか?
A 最初から手術ありきではなかったのか?
B 技術が稚拙では?
C 訴訟になれば、外科医としての評価が低下し、ひいては病院の評判が落ちる。
D 患者数、手術数が減少する?
E 病院収入が減り、病院経営に支障を来す?

このような負の方程式が外科医の気力を阻むことになります。最終的には、この負の遺産は患者さんに及ぶことになります。また、訴訟された医師は勝訴したとしても、結審まで、患者さん及び家族の了解を得て、手術したのにと悶々と過ごし、患者さん不信に陥り、専門を変える医師もいます。
手術のような危険度の高い治療を避けることが病院経営上得策と考えることは許し難いことです。しかし、訴訟など起こされ、何千万円、何億円の賠償金を払わされる羽目になり、病院が倒れては元も子もないと言われれば、ただ、ただ黙認するしかないのが今の医療です。



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