Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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その他

弊害の多い研修医制度 NEW
2017年09月20日

雄飛(2017,9,20)
   弊害の多い研修医制度
        山口県立大学理事長
            江里 健輔

私が現役の頃の話しです。
「山田君、A病院はあまり手術がないんだが、出向してくれんかね?唐突じゃがよろしく頼むよ。」
山田君
「どれくらい出向すればいいんですか?」
教授
「そうだなあ、2年間と思ってくれ」
山田君
「分かりました。教授の命令ですから、2年間出向します」
教授
「その代わり、次回には手術の多い病院に出向して貰うよ。約束するから」

私の現役時代、医局は教授を頂点とするピラピッド体制であったので、医局員も教授の命令に従っていました。当時、各病院の医師の人事および診療は医局の支援で運営されていましたので、どこの病院でも質の高い医療が提供されていました(例えば、必要ならば、医局のスタッフが手術などの診療を応援したり、重症患者などを簡単に且つ迅速に大学病院に受け入れていました)。しかし、厚生労働省(以下、厚労省)が始めた研修医制度で、若手医師が人口が集中している大病院で研修を受けるようになり、地方大学で研修する医師が極端に減少しました。そのため、医局は完全に崩壊し、要請されても医師を派遣出来なくなり、地域医療は完全に麻痺状態になりました。即ち、医師の偏在という予想もしなかったことが生じました。
そもそも厚労省がこのような旗を振った最大の理由は医療界の諸悪の根源とされた医局を打破させる為でした。表面上はすべての患者に対応出来る医師を養成するという美辞麗句でした。しかし、僅か2年間の研修で全ての領域を修得するなんて事は夢の夢で、現場医師は厚労省の施策を嘲笑したものです。私達の時代にも1年間のインアターンという研修医と同じような制度がありましたが、無給であることを除けばさっと体験するには妥当な期間でした。厚労省の目指す何でも責任を、おって対応出来る医師になるには最低4〜5年は必要です。まあ、中途半端な制度です。
それ以来、各病院は医師不足を来たし、それを解消するために医師斡旋業者に法外な高い斡旋料支払って医師を確保しています。医局が行っていた医師派遣が商売人の手に委ねられただけです。
斡旋業者は医師を斡旋すればするほど、収入は増えることになります。そこで恐ろしいことが発生しました。斡旋業者と医師が“ぐる”になって、1〜2年ごとに医師を移動させるのです。その度に病院は想像を絶する斡旋料を支払わなければなりません。このツケは診療に影響します。収入を上げるため、患者へのサービスが低下し、過剰診療へと傾いてきます。即ち、例えば、腹痛があると、診察する前に胃内視鏡、大腸内視鏡、CT,  MRIなどをルーチンで指示している病院もあります。医療のあるべき本質を無視した診療です。
研修医制度の更なる深刻な問題は他にもあります。まず、医師の質の低下です。医局は教授を頂点として、准教授、講師、助教という立てのラインがあり、人間力ある医師を養成することを信念としていますので、厳しく教育します。これに対し、診療所や一般病院では上司に医学教育をしなければならないという義務感が希薄なので、厳しさが医局ほどありません。そのような組織で育った医師は協調性に乏しく、柔軟に対応する能力に欠け、人間力に乏しくなります。次ぎに、人口減少で、医師が大都市に集中しましたので、地域の医療格差が生じたことです。医師の能力は経験で培われます。経験豊富なほど、医師の質は高まります。特に、外科系で顕著です。例えば、別表は心臓手術の年間単独手術症例数と死亡率の関係を示したものです。手術症例数が40以下の施設の死亡率は2〜3%台です。しかし、手術症例数が増えるごとに死亡率も減少し、100例以上の手術症例数の施設の死亡率は1.37%です。この数字を見ると、誰でも手術数の多い施設で手術を受けたくなるのが人情です。山口県でも知名度のある方、経済的にゆとりのある方は東京などの施設で手術を受けられる傾向があります。いろいろな理由があるので、これが悪いとは申しませんが、残念な気持です。
人口減少☞症例数の減少☞医師の質の低下☞地域間の医療格差、この悪循環が年々拡大してきています。平等であるべき受ける医療が住むところによって差があることは患者にとっては耐え難いことです。
これらの問題を解決する道は、「医療の機能分化と集中」です。山口県でも見られるような人口5〜10万人くらいの市に同じような規模の、同じような機能を持った病院が分散しているのは医療費の無駄です。医療行政を担当している方々は、医療の無駄を省き、医療の質を下げないようにする方針を示して欲しいものです。
安心して平等な医療が受けられる体制を構築することが喫緊の課題です。
*医局とは大学病院における診療科ごとの組織。通常、医学生は大学を卒業すると、国家試験に合格すると、大学病院の希望する診療科(医局)に入り、教授を中心とする上司の指導を受け、専門医師となります。



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