Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
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その他

「看取りの介護を哲学する」 NEW
2018年04月11日



「看取りの介護を哲学する」

公立大学法人 山口県立大学 理事長 江里 健輔


ただいま、ご紹介にあずかりました江里と申します。どうぞ、よろしくお願いします。今日は、社会福祉学横山学部長のほうから、講演の依頼を受けましたので、このようなタイトルを持ってまいりました。

1 はじめに
今回のフォーラムのタイトルにある「哲学をする」ということはなかなか難しい話です。私の履歴は、昭和40年に医師になり、以来、主に心臓や大血管、末梢血管の手術をしてまいりました。このスライドは、私が心臓の手術をする時の状況の写真(省略)です。こちらが私、こちらに助手が3人、看護師が1人、こちらに人工心肺を操作する4人がいます。10人がかりで手術をするのですが、私が今日のこの演題を引き受ける気持ちになった原点は、この手術です。
昭和40年ごろは、心臓の手術の死亡率は30%ぐらいでした。手術をしては亡くなり、手術をしては亡くなりという時代で、泣きの涙で手術をしたものです。
来年小学校に入学する子どもが先天性心疾患で、手術をして亡くなりました。四十九日の日、突然電話がかかりました。「〇〇の母親ですが、覚えていらっしゃるでしょうか」と。毎日忙しい仕事をしていますので、「〇〇の母親って誰かな」と思っていました。わかったような顔をして、「ああ、そうですか、お変わりございませんか、お元気ですか」と言ったら、「先生、私の名前を忘れておられるでしょうね」と。「知らない」とも言えませんでしたので、「いや、よく知っていますよ」と言いながら、「それで今日はどのような用件でしょうか、どうされたのでしょうか」と訊ねると、「私の子どもが先生に手術してもらって亡くなりまして、きのうが四十九日でした。一度、お会い出来ませんでしょうか?」という話でした。それで思い出しまして、「あ、そうですか、そうだったですね、じゃ、今日夕方まいりましょう」と言いました。夜の9時頃、ご自宅を訪問いたしました。玄関を通されると、お母さん、お父さんが待っていらっしゃいました。仏壇にはランドセルを背負った娘さんの顔写真が飾られていました。お母さんは「娘が、何で死んだの、何でお母さん、私は死んだの、説明してちょうだいと叫んでいるようだったので、電話致しました」ということでした。このような電話が年に2、3回かかってきたものです。従って、人間の死というものについて、私は25、26才頃からかなり経験いたしました。その経験があるもので、横山先生の話を引き受けたということでございます。私の話は、経験を踏まえながら、今から1時間という短い時間でございますが、話をさせていただきますので、よろしくお願いします。
人間は、どうしようもないような愚かなことをやってしまう生き物であります。そうですよね。そして、この生き物の人間を理性に目覚ませようとして生まれた学問が哲学です。「哲学ってわからない、難しい」と思われますが、広辞苑を見ますと、ものごとの根本をきわめる学問と記されています。今日、私の話がものごとの根本を極めているかどうか、皆さん、後ほど批判してほしいと思います。

2 医療と介護の現状と課題
最近、「長生きするのが怖くて仕方がない」「90歳を超えた母親を兄が引き取った。義理の姉が『部屋から出ないで』といい、食事は別で、まるでイヌみたいだ」あるいは、「(80代の父母を介護しているが、)2人がいなくなればいいなと恐ろしいことを考える」とか「東京から、関西の施設に入所している母に会うための交通費用が生活を圧迫。母は娘に捨てられたと言っているらしい」というような新聞記事を目にするようになりました。
日本とアメリカの高校生を比べると、日本は親の面倒を見たいという子どもが少ないらしいです。先ほど少し話しましたが、最近の子どもさんは、人の死に目に会うということがあまりありません。私の小さい頃には、「おばあちゃんの足が腫れたから、もうすぐ亡くなるらしい」、「おばあちゃんの息づかいが荒くなりだしたから、亡くなりそう」という話を聞き、また、親が死に、兄弟が死に、親戚の人が死ぬ時は、必ず床枕に呼ばれていたので死を体で覚えたものです。今ではこのような事はめったにないですね。そういう経験がないので、どうしても、日本人は、子どもの頃から親の看取りについては、余り関心がないようです。
しかも、最近では、単身で生活する人が非常に多くなっています。要介護・要支援認定者が増加し、2015年には607万人に増えています。それにつれて、医療費がどんどん高くなっています。山口県は、このあいだ新聞を読んでいましたら、日本でトップだそうです。なぜ山口県がトップなのか。まず、高齢化率が、山口県は日本で4番目です。次ぎに、医療環境が非常によく整っています。施設も、人口の割合には日本でトップぐらいたくさんあります。そういう医療施設が非常に多いため、医療が潤沢に行われていることになり、山口県の医療費が高くなっているのです。
そこで、ポイントは介護の質を低下することなく、介護の給付費を抑制する対策を政府が一生懸命やっていますね。どういうことかというと、医療ニーズを縮小化する、そのためには、寿命の延長ではなくて、生活の質を支える医療に転換するということです。
医療はそのような転換の時代にきています。
 人口減少や少子化でどのような問題が発生するかというと、高齢者人口が2040年にピークになり、死亡者数が168万人になる見込みであると言うことです。つまり、第2世代の団塊の人達が後期高齢者に達する時期である2040年問題の方が、2025年問題より大きな問題であるということです。今、日本で亡くなる方は110万人です。今から50万人増えるということですね。これだけ増えたらどうなるか、とても、今の医療環境では対応できない形になります。その時に日本はどのように対応すべきかですが、今のような体制では対応出来ないので、自宅での看取りとか、そういうことが出てくるわけです。
更に、地域ごとの医療・介護のニーズの差が顕在化します。これはどういうことかというと、私の生まれた長門市と山口市とでは、同じ県内なのに、医療を受ける質が違います。私は外科医ですが、外科医の場合には、手術した方が上手になります。私の生まれた油谷は、人が少ないです。人が少ないから手術が少ないです。胃がんの手術でも年間に15例ぐらいしかありません。山口では、年間50例、東京だったら300例ぐらいです。年間15例やる人と50例やる人と300例やる人とを比べたら、300例手術する外科医の方が技術が上なのです。それは内科の先生でも、整形外科の先生でも同じことが言えます。地域ごとに医療の受診数がだんだん変わり、それに伴い医療人の技術に格差が生じてくるのです。
介護のニーズが変わるかどうかは、私は専門ではないからわかりませんが、これも変わると思っています。医療需要の推移として、入院の患者が増え、外来がどんどん減っていくということです。それから、入院患者の原因疾患は、がんはあまりもう増えてこない、今のような状態が続きますが、心疾患と生活習慣病の病気がどんどん増えてくるでしょう。
医療の需要は、高まりますけど、それほど高まりません。特徴的なことは、これからは東京などの大都会では、介護の需要がどんどん増え、介護の施設が少なくて困っているという状態となります。私の知っている山口県のある施設が東京に新しい施設をつくりましたね。九州の私の友達も、東京に大きな施設をつくりました。そういうふうに、今は、施設が東京や大阪など大都市に集中しつつあります。しかし、青森などの地方では、介護施設はあまり増えません。むしろ、人口が少なくなるから医療需要はだんだん減ってくる。地域によって変わってくるということです。
まとめますと、入院数は、加齢にともないほぼ直線的に増加します。外来数は、80歳を超えると減少に転じる傾向がありますが、外来数は団塊世代が80歳代にさしかかるとともに、若い世代の人口減が進行するため減少します。今後は、外来の医療資源を在宅医療、訪問診療に活用しなければいけないということです。従って、今から介護職というのが非常に重要になって、ニーズが高くなってくるということが、ここで言えると思います。政府も在宅医療をどんどん進めようと懸命になっていまして、病床数も、急性期の病床数を減らして、医療費を抑制しようとしています。
このように、医療は、「治す医療から支える医療」に移行していきます。課題は医療のお金がない、人がないということで、医療の質がだんだん落ちてくるのではないかということが問題になります。それで、在宅の介護費がだんだん増えてまいります。スライドに示すように、2010年には、施設が150万人、在宅が300万人で、9.2兆円〜12.1兆円と、2005年に較べ、ものの見事に増えていますね。そして問題は、先ほど述べましたように、介護職員が不足傾向なのに、昇給が悪い、環境が悪いということです。
私は、本学の社会福祉学部の学生さんに「今こういう領域の環境はよくないけれども、必ずよくなりますよ」と強調しています。現在は離職者が多いということですが、その最大の原因は、仕事の内容の割に賃金が低いということです。介護労働不足の原因については、包括支払制度で時間当たりの料金が固定されているので、時間内にサービスを増やしても収入増になりません。しかし、医療は出来高払い制なので、胃透視を30分に2回すれば、2回分お金が入ります。従って、いくら介護の質を向上しても増収に繋がらないので、スタッフの俸給を上げてやりたいが出来ないという現実があります。また、アンケートによりますと、仕事と家族の介護が両立できると答えた割合は10%ということも報告されています。このような事で、人材不足を補うために、外国人を採用することも現在はどんどん行われていますが、なかなか効果が出ていません。いずれ、看護・介護の領域でも、ベトナム、フィリピン、インドネシアからたくさんの人材を集めることが出来るようになるでしょう。

3.人生の最期を探究する
これからがまさしく本論ですが、最期の住みかをどうするか、どのような環境で最期を迎えたらいいかという話に移らせていただきます。
余命が限られている場合、どこで過ごしたいかというと、ほとんどの方が自宅で過ごしたいと言っています。それなのに、亡くなる人は、自宅が大体1割で、ほとんどの方は病院で亡くなっています。自宅で亡くなることは、今の日本の住宅環境を考慮すると非常に難しいです。
例えば、私の場合、家内と私との2人の生活で、子どもは市外に住んでいます。だから、私が病気になった時、家内は1人で看ることはとてもできないと思いますので、入院するしか方法がありません。子どもがいるとか、おばあちゃんがいるとか、サポートする人がいればよいのですが、一人では無理ですね。
政府は在宅医療を進めていますが、現状は、なかなかそのようにはいかないと思います。ある有名な作詞家が、自分の妻が乳がんに罹患し、自宅で看取られました。この作詞家は、お金持ちですから、奥さんの療養ために部屋を設け、準夜、深夜、日勤の看護師さん3人を雇用されました。この人は、終末は自宅で迎えるのが一番いいとしばしば講演とか、新聞等に書いていましたが、それは当たり前のことです。しかし、我々、一般人は在宅療養で看護師さんなど雇うことができるでしょうか。とてもではないが、経済的にも、物理的にも出来る話ではないですね。だから、自宅がいい、自宅がいいと言われても、現状は難しい話しです。
生老病死について、根源的な哲学が欠落している社会では、死ぬことは不幸なことだと捉えられています。しかし、不幸と考えられている死を否定することはできません。それで、それぞれの立場で耐えがたい苦しみを感じながら、もがいているのが現実です。
要するに、死に対するはっきりした哲学がないから、もがく、もがく、もがき苦しむということになります。だから、今日のようなフォーラムを初め、いろいろな場で「看取りの介護を哲学する」というのがテーマが必要となるのではないかと思います。
これは一つの例ですけども、「高齢者を介護施設に入れることは無条件に悪い」。これはアーサー・カプランという人のベストセラーから引用したのですが、これには皆さん反発されるでしょう。カプランは「個性を認めるような構造の組織ではない。予算ばかりに気をとられ、法的責任をいかにくいとめるかに腐心する」と述べています。私が学長の時、卒業した社会福祉学部の学生さんが「今の職場をやめようと思うが、学長、どう思いますか」と訊ねられたことがあります。「どうして?」と訊ねると、「理事長の理念が非常にすばらしかったので就職した。私もその理念にそって社会福祉の仕事をしようと思った。けれども、中に入ってみたら、全然その理念とは違う。理事長は経営ばかりに腐心している。看取りの質など頭に入っていない」と言うことでした。私は「今に、介護、社会福祉の仕事は非常にニーズが高く、取り巻く環境もよくなるから、我慢してやってみたらどうでしょうか」と言って、別れたことがございました。その学生は最終的にはその職場を離れました。その女性は、給料の多少が問題ではなかったのですね。大学で勉強したことを活かしたいという理念のもとに就職したけれど、現実はそうではなくて耐えられなかったのでしょうね。そのことを理事長に訊ねたら、理事長は「その学生さんの言うとおりだ。私もそうしたいのです。環境をよくしたいのです。しかし、今の診療報酬でそれだけのことがスタッフにできるか、考えてみてください。とてもできません。」という返事をしてくれました。その話を聞くと、それも納得できます。現状は運営ばかりに気をとられて、法的責任をいかにくぐり抜けるか腐心している経営者が大半のようです。このような現状を鑑み、当局も診療報酬は年々上げてきています。
更に、カプランは「介護施設には、慣れ親しんだ環境、匂い、記憶がない」とも述べています。私の先輩の話しです。彼の奥さんが亡くなられて7年経ちました。食事や掃除だけはヘルパーさんにサポートして貰っているが、一人住まいがくたびれた。それで、「江里さん、ちょっと私、施設に入ろうと思う」と言われました。私も彼の歳が83才ですから、「どうぞ、それはいいです。いい考えですね」と言いました。入所して3日後、お見舞いに行こうと電話すると、「もう出られました」とのことでした。4日目に自宅に電話したらおられました。「何で、3日しかいなかったの」と訊ねたら、彼が言う話では、「いい食事を食べさせてくれる、非常に施設の人たちも優しくしてくれる。これ以上、不満足なものは何もない。ただ一つ不満足なものがある」と。何だと思いますか。その人は、自分のことはまだ自分でできる方で、買い物も行けます。自分で本を読むこともできます。しかし、耐えられなかったことは、自分の部屋を自分の好きなようにリフォームできない、自分でやろうと思ったら、そんなことやっては困りますと介護の人に言われる、管理の呪縛から離れられないということでした。彼の思いを考慮すると、「高齢者を老人介護施設に入れることは、死刑宣告に等しい」とカプランが述べていることを十分理解することができます。皆さん、お仕事をされて、本当にカプランの言う通りなのでしょうか。どうでしょうか。
ある老人ホームの実験があります。これもシーナ・アイエンガーという人の有名な本から引用したものです。簡単にいうと、入所者をまったく選択のないグループAとある程度選択が出来るグループBの二つ分け、Aグループの入所者には一人ひとりに決められた鉢植えを配って、鉢植えの世話は看護師がします。映画は木曜と金曜日に上映し、各自に見られる日を指定し選択権がありません。Bグループには、居住者一人ひとりに好きな鉢植えを選ばせて、鉢植えの世話は自分でするようにし、映画は木曜と金曜日に上映し、どちらを選んでもいい、入居者にはある程度の自由を与えています。更に、Aグループの入所者には薬は飲まなくてはいけないですよと、職員が管理し、Bグループは薬を飲みたければ飲みなさい、飲みたくなければ飲まなくてもいいですよと本人が管理します。その結果、3ヶ月後に良好な健康状態であった割合はBグループで90%であったのに、Aグループでは70%でした。
要するに、人間は、管理されることを基本的には好まない生き物なのです。管理されたくない、自分の好きなようにやりたいのです。これが、客観的に、心にも、体にも現れてくるのです。先述の友達が耐えられないと言ったのは選択がないということです。いい食餌は出てくるけれど、自分の好きなものが食べられないことは、とても耐えられない事です。料亭で贅沢な食餌を3日も4日も食べたら嫌になりますね。時には沢庵を食べたいという選択が欲しいですね。老健などの施設で、夕食で2つぐらいから選択出来る副食を用意されているような施設がありますか?あるいは、バイキングの店のように「あなたの好きな食べ物を選んで食べて下さい」というような施設がありますか。選択権がなくなるということが、施設入所者最大の問題です。私が勤務していた前の病院では、夕食の副食を2種類用意し、どちらかを選ぶということをしていましたが、好評でした。
医師は今までは病気を治すことが第一義で、エンド・オブ・ライフ・ケアや人生を愉快で楽しく過ごせるようにサポートするというマインドはありませんでした。私は長い間大学で医学教育に携わりましたが、「絶対諦めるな。最後の最後まで患者さんを1秒でも生きさせるように努力しなさい」と教育してきました。このように、昭和40年代の大学医学部ではエンド・オブ・ライフ・ケアや人生を愉快で楽しく過ごせるよう方法を教育していなくて、1秒でも長生きさせる方法ばかり教えていました。従って、今の医師には「患者には何か治療をしなければならない。何も治療しないのは罪悪だ。無能である」という理念があるのです。
患者さんがガンの末期になりますと、お医者さんは患者さんのところにあまり足を運ばなくなります。それは別にお医者さんが患者さんに冷たくなったのではなくて、足を運んでも何にもしてあげられないからです。そのような医師である自分が耐えられないから、惨めだから患者さんのところに行かなくなるのです。最近は緩和医療という病棟がありますが、訪問するのは殆ど看護師さんです。治せる治療がない、助けることができないことに医師は強い敗北感を味わいます。
それでは、どうしたらいいでしょうか。
新聞記事(宇部日報2016.5.26 風によむ 終末期、口から食べられなくなったら 江里健輔)が机上配布してありますね。この記事の内容は介護施設では日常経験されていると思いますけれど、医者が一番悩むことです。食べられなくなったらどう対応したらいいかということです。医者は何か治療しなければならないということが、医者の哲学ですから、何かをしようと思って一所懸命なのです。だから、鼻腔栄養をやるか、胃瘻をつくるか、中心静脈栄養を施行するのですね。施行しないというマインドがない、何もしないという哲学がないのです。だから、治療するのです。欧米では、この胃瘻をつくるということが必ずしも正しいことではない、中心静脈栄養をやることは正しいことではないという哲学があります。新聞記事にありますように、北欧ではおのずからの口で食事が摂れなくなった場合、徹底的に嚥下訓練を行います。それでもだめならば、無理な食事介助や水分補給を施さず、そのまま自然な形で看取ることが一般的です。従って、北欧には寝たきりの高齢者はほとんどいないと、日経新聞が報道しています。日本と欧米のでは、「生」の哲学が違うのですね、
私たちが医者になった昭和40年代には、「ガン」ということを患者さんに絶対告げてはいけないという哲学がありました。患者さんに「ガン」を告げることは、「あなたは死にますよ」と、死を宣告することに等しいと考えられていました。だから、患者さんに嘘ばかり言ってきました。胃ガンの場合は、ほとんど胃潰瘍、あるいは胃の腫瘍だと「嘘」ばかり言ってきていたのです。アメリカの友達が、「ドクター江里、おまえは患者さんに本当のことを言わないで、よく治療ができるな」と言われたものです。昭和40年ころにはアメリカでは真実の病名を患者さんに告げていました。やがて日本でも、昭和50年頃から、患者さんに真実の病名を告げるようになりました。現在からみれば、昭和40年の哲学は間違っていたと言えます。今は、真実の病名を告げるのが当たり前になっています。日本人の生きる哲学がこの20年の間に変わってきたからです。残された時間を有意義に過ごすためには、真実を知らないと、有意義に過ごせないから、真実のことを告げて欲しいという時代になってきたのです。今後どう変わるかわかりませんが、現在は、そうなっています。いずれ、先ほど、欧米の話をしましたように、食べられなくなったらもう何も治療しないという哲学を日本人も持つことになるでしょう。その時、日本にも、寝たきり老人はおられなくなるかもしれません。「医」の哲学は時代と共に変るし、医療も変わってきたということです。これからの医療人は、治療をやめるという選択肢を持つべきです。

 「生きていること」と「生き抜くこと」は同じではないということです。
一つの例ですが、お母さんが急変した時、普段世話していないお兄さんが駆けつけて、ケアしている妹さんとの間で一悶着になりました。お兄さんは、「救急車を呼んで、どうして入院させないのだ!」と主張、妹さんは「母さんをこれ以上苦しめたくない、もう入院させたくない」と主張。「母親がいくら苦しんでもおまえが母親の生命断つ権利はないはずだ。絶対に許されん」とお兄さんが言ったら、妹さんが、「お母さんが治療で助かるという保証があるの」と。お兄さんは、「それは受けてみないとわからないだろう、そんなもの、助かるかどうかわからないではないか」と言いました。妹さんは「もちろん、子どもと言えども、母親の命を奪う権利はないよ、それはよくわかっている。よくわかっている。でも、お母さんを長年看ていると、お母さんは『苦しんでまでして生きたくない。この年まで生かしてもらったんだ、これで十分』と口ぐせのように言っていた、その言葉が頭から離れない」と言いました。お兄さんは、「そうかもしれないが、元気であれば何歳になっても生きたいはずだ」と主張しました。確かに、死にたいと思う人は一人もいません。ただ、死にたいのは、現在の苦しみから逃れるには死ぬしかないから死にたいと言うのです。どんな人でもそうです。私の経験で死にたいという人は、ものすごい痛みがある、苦しいから死にたいと言うのであって、五体健全な人で、死にたいという人に出会ったことはありません。だから、この妹さんとお兄さんの考えとは、なかなか一致した結論に達しないのです。
皆さんはお兄さん、妹さん、どちらの意見に同意されますか。
難しいですね。本当にお母さんのことを思っているのは、妹さんではないかと思っています。このような問答を起こさないためには、元気な時に、自分の終末期のあり方を書いておく必要があります。口答では意味ありません。口答では、後日「言った」「言わない」になるので。必ず、遺恨を残しますので、形として残すことが重要です。
別の話になりますが、娘であるAさんが看護師さんに「母親が寝たがっている。睡眠薬を服用させたい」と注文します。看護師さんらは、20時だから寝るのが早過ぎる、もう少し起きていてほしいと考えます。一方、医師は80歳の人の睡眠時間は何時間くらいが一番よいかと考えます。20歳の人、50歳の人、80歳の人で睡眠時間は違うはずです。Aさんは、自分のことは自分で判断して、施設の考えにコントロールされたくないと思っていて、「母親がそういうなら、本人の好きなようにさせてください」と考えています。スタッフは責任上体調管理を優先します。皆さんは睡眠薬を服用させ、睡眠させるべきだと思いますか。人間の至適睡眠時間はどれくらいですか?このような簡単な問題でもいろいろな疑問が生じます。
アメリカの看護師、介護士は、夜中に患者さんが寝られないという時には、「一緒に話をしましょうね。今、この仕事がありますので、ちょっと待ってください。そのうち、一緒に話しましょう」と言って、その寝られない人に一緒に付き添って、話を聞いてやるのが通例とのことです。ある施設長は、「私の施設では、深夜でも施設内を徘回する人が多いです。スタッフはそれだけ転倒など起こさないように神経を使い、緊張感を常時持っています。 スタッフは大変ですが、でも、これが自然の姿です」と非常に自慢されていました。別の施設の理事長は、「うちは22時、23時なると、みんな静かに寝ています。夜の11時、12時に徘徊する人は一人もおりません」と。その理由を尋ねると、22時になったら全員に睡眠薬を服用させるとのことでした。徘徊する人が多い施設の理事長は、こう言っていました。「睡眠薬を服用させたほうが介護もしやすいし、スタッフも楽で一番いいよ。しかし、入所者のためになるのだろうか。私は絶対、入所者には自然の姿で生活させてあげたい」と申されていました。
皆さん、どちらの施設長の考えを受け取られますか?私は、自然の姿で生活させたいと言われるこの施設長の言葉に非常に感激しました。これが本当だと思った、こうでなければだめだと思ったのです。もちろん、22時になったら全員に睡眠薬を飲ませれば、みんな静かに寝ます。でも、それは自然の姿ではない、強制ではないでしょうか。
最後に、看取りとは母親の心を持つことです。赤ちゃんは何も訴えない、ただ泣くだけです。しかも、泣くだけでも、赤ちゃんが何を考えているか、全部わかるのですね。同じ泣き方でも、お乳が欲しい泣き方と、お尻がぬれた時の泣き方、あるいは気分が悪い時の泣き方など、泣き方が全部違うそうですね。
その前に、こんな話をさせてください。生きる手術をすべきか?生きて活動出来る手術をすべきか?です。この意味することは次ぎのような話しです。昭和53年ごろ、当時は真実の病名を告知することは稀でしたが、38歳の男性が真実の病名を教えて欲しいということで、「直腸ガン」であることを告げました。当時、直腸ガンの手術をすると、勃起神経や射精神経は全部切断・切除しますので、男性の機能がなくなります。その男性は、私に、「江里先生、男性機能だけは残してほしい」と言われました。「だけど、ガンが拡がっていたら、神経がばっさり切られてもしょうがないのではないか、生きるために」と私が言ったら、この患者さんは、「そんなことを言われても、私は最後の最後まで男として生きたいんだ。だから、そういうふうになるような手術はやめてくれんか」と。
私は、「医者として、そういう生半可な手術はできん、やるなら徹底的にやらなければいけないから任してくれ」と言ったのです。すったもんだの会話の末、最後に患者さんは、「うん、それならしょうがないから任せるけど、できるだけ、男性の機能は残してくれよな」と言われました。「わかったと。できるだけ、あなたの希望に沿うようにしよう」と告げた。開腹すると、既にガンは小腸や周囲の骨盤にも拡がっていましたので、直腸を含めて周囲臓器を摘出しました。勿論、男性の機能は完全になくなってしまいました。
その患者さんは、術後15年間、元気に社会生活をおくられました。しかし、会うたびに、「先生は私の命を助けてくれたけども、私の生命、男としての生命を助けてくれなかった。一生恨むからね」と、さんざん文句を言われました。私は「ええじゃないの、生きとるだけ幸せじゃないの」と言ったら、「こんな姿で生きとっても、何の意味もないと!」言われました。私はその時は38才頃で若かったです。「この患者さん、分からないこと言う、生きとるだけで十分だろう。私のどこが悪いのだ」と、言葉に出しませんでしたが、心でそう思いました。しかし、この年になりますと、私は完全に間違っていたなと思います。その時は、やはり患者さんの希望にそって、男性の機能を残し、再発しないような手術をして上げるべきだったと、今は反省しています。平成時代に入って機能手術が開発され、生きぬく手術がされるようになりました。医学の進歩には感激です。
4 看取りの真の介護は、慈悲
もう時間がありませんので、最後の結論にまいります。看取りの真の介護は、「愛の心」より「慈悲の心」と思います。
「愛」と「慈悲」、どう違うかわかりますか?「愛」というものは、相手の反応によって変わってくるものです。「私はこれだけあなたに愛情を注いでいるのに、あなたは反応してくれない、あなたは私の希望どおりにやってくれない」と不平・不満を言います。相手によって変わってくるのは「愛情です」。恋愛は「愛」であって「慈悲」ではありません。
親と子どもの関係は、子どもがどんな子どもであろうとも、どんなに親に迷惑をかける子どもであろうとも、親は絶えず愛を注ぎます。相手の心がどのように変わっても変わらない、それが「慈悲」です。「不軽菩薩」という言葉がありますが、これもそうです。相手が自分を軽んじても、私は、絶対に相手を軽んじない、それが、「不軽菩薩」です。それが「慈悲」に通じます。介護の虐待は、一所懸命ケアしても、相手が全然反応しない、無視する、一つも言うことをきかない。小癪なことを言う。俺の言うことをちっとも聞かない。だから、腹が立てて、虐待に繋がったものです。障害者に虐待をしたというニュースが話題になりますが、「愛の心」で対応するからです。「慈悲の心」で対応しないからです。
母親が子どもを育むのが慈悲です。皆さん、家の中に他人の子どもが来て、冷蔵庫を勝手に開けて、冷蔵庫の中のジュースや牛乳を飲んだら腹が立つでしょう。でも、自分の子どもが帰ってきて、冷蔵庫を開けて好きなものとっても、別に腹は立たないですよね。
看取りの心は私の哲学では、「慈悲の心」です。この心がないと介護はつとまりません。相手がどういう態度をしても、絶えず愛をささげることができるような看取りをしなければいけないと言うことです。スライドには「愛」と書いていますが、これを「慈悲」に変えてほしいのです。「慈悲」を注いてくれた人には、「慈悲」で応えたい、これが私の結論です。
私の話しがタイトルにある介護の世界で哲学を極めることが出来たかどうかには忸怩たるものがありますが、私はこういう気持ちで今後生きていきたいと思っています。
皆様もどうか自分の哲学をお持ちになって看護・介護していただけたらと思っています。ちょうど私に与えられた時間が終わりました。
ご清聴、ありがとうございました。




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