Kensuke Esato,M.D.
江里 健輔
 
江里 健輔
山口大学名誉教授
山口県立大学学長・理事長
執筆情報 [詳細ページ]
癒やしのそよ風(ほうふ日報)

看取り NEW
2018年11月29日

防府日報(2018,11,29)
              看取り
                    山口大学・県立大学名誉教授
                           江里 健輔

「先生、私の母親はおよそ何時ごろ息を引き取るでしょうか?この世を去る時ぐらい、側にいてやりたいです。教えて下さい」
「そうですね、だんだん呼吸が弱って、下顎呼吸が始まってきていますから、数日後でしょうよ」
「先生、それでは困ります。私も仕事がありますから、何日の何時ごろと教えて頂かないと困ります。どうですか?
「そんなことは分かりません。まだ、治療に反応していますので、状態は刻々変化しますので・・・・」
「そうですか?困ったなあ」
と言われて、部屋を後にされました。その後、長女としょうする女性が面会に来られ、同じような質問を受けました。応えは同じです。
私は看護師さんに
「あの患者さんの家族は母思いですね。今の世で、これほど母親思いに家族は珍しいですね。感激ですよ」
と問いかけましたところ、その看護師さんは
「先生は地の人じゃないから分からないでしょうが、とんでもない家族ですよ。あまり言いたくありませんが・・・・」
「へえ、そうなんですか?考えられませんが、どんな事情がるんですか?」
「先生、あのお婆ちゃんの敷き布団の下には現金がおいてあるんですよ。そのお金を家族の方が取ろうとされているんです。お婆ちゃんが亡くなられた時に、その場にいないと敷き布団の下においてある現金がとれないじゃないですか?そりゃ一生懸命ですよ」
予想もしない返答に私の方がどぎまぎしました。家族の絆、完全に死語になったなという思いが募りました。
今、平均寿命が長くなり、それだけ、病気で苦しむ時間が長くなりました。どのように生きるかでなくて、どのようにしてこの世と別れるかが大きな命題となっています。自意識のなくなった場合、自分で自分の事が出来なった場合、自分で食事が摂れなくなって場合などなどどのように形にあるべきかです。
医療は患者中心です。同じように、終末期に有るべき姿は本人の気持ちが大切にされる時代です。
元気な時、人生の終末の有るべき姿を家族と相談し、形に遺して欲しいものです。医師に任せては医師も困惑するばかりです。



[ もどる ] [ HOME ]